杜の都のSF研日記(アーカイブ)

旧「杜の都のSF研日記」http://d.hatena.ne.jp/sftonnpei/ 内容を保管しております

ダンカン・ジョーンズ「月に囚われた男」

まさかこんなにすぐ終わるとは思わなくて慌てて見に行ってきた

「僕も新しいサムとプログラム通りにやっていけるさ。」
「俺たちはプログラムじゃない。人間なんだ。」

http://www.moon-otoko.jp/
21世紀半ば、人類はついに地球を汚さぬクリーンエネルギー「核融合」を実用化した。人々は月から送られてくるヘリウム3で環境を汚染せずに生活できるようになったのだ。ヘリウム生産の大手である「ルナ産業」に所属する月の裏側・「サラン」採掘基地ではたった一人の男、サムがおしゃべりおせっかい人工知能「ガーディー」との寂しい採掘監督作業を営んでいた。期間は三年間。通信衛星は故障しており、会社は直す金が惜しくて木星経由の超長距離通信を流用している始末。おかげで報告はすぐ届かないし、家族のビデオメールも遅延が酷い。それでも彼は家族との再会を夢見て残り期間を過ごしていた。
ところがサムは基地の内外で幻覚を見るようになる。いるはずのない女、見るはずの無い夢。それはやがて、採掘ロボットとの衝突事故を引き起こしてしまう。
サムはベッドの上で目覚めた。人工知能によると、どうやらサムは事故に巻き込まれたらしい。だがなんとなく異変を感じたサムは船外活動に赴き、そこで大破した車両と、そのなかで意識を失っている男を発見する。この基地に他の人間はいない筈。じゃあこいつは何なんだ?彼は、その顔によ〜く見覚えがあった。なぜならば…


デビッド・ボゥイの息子の初監督作品で、出演者はほぼ男一人という低予算SF映画。特撮&CGはアラが無いことはないが、ホーガン死去でちょっと落ちてたテンションを上げる程度にはいろいろ良くできてたと思う。こぎれいなモジュールと、3年間の作業ですっかりレゴリスに塗れた宇宙服やローバーの対比が印象的。あと、天井のレールに伝って移動し、モニタで表情を変えるガーディー君が面白い。
テーマとしては自己云々よりは未来の倫理と言った感じ。凄く新しいわけでもないが、それを密室劇でやると雰囲気が変わる。


ここからはネタバレになるので注意。
開始から20〜30分である事実からなんとなく「どうして2人なのか」には予想がつき、しかもその通り「実は本基地の作業員は3年交代のクローンでした!」になったときは「本気でそれで話進めるのかよ!」と思ったが、たいていは「俺の顔をした奴は一人で十分だ」とか「酸素が足りなくなるだろうが*1」とかなりそうなところをあえてずらしてくるのは監督のポリシーか。サム自身、「俺たちに人は殺せないよ」と言ってるし、さらには最初はヒジョーに怪しく、絶対「社の規則は絶対だ排除する」とか言ってきそうだったガーディー君*2までもが社の規則違反スレスレの助け船を出してくれる。基本的に本作は「悪い企業」と「いいひと+@」だけ。まぁそれだからこそ、生きてくるシーンもあるのだが。一人目のサムが「三年たって成長したサム」、2人目が「月に来たばかりでまだ落ち着きのないサム」ってのも組み合わせとして面白い。それゆえに2人の地球に対する態度や、事態への対応が変わってくる。
おそらく『ポリスノーツ』をプレイした人間なら、説明はなくともなんでルナ産業がこんな回りくどい方法を取ったか予想がつくだろう。3年というのは単にクローンの寿命なだけではない気がする*3。そのあたり具体的な説明があると俺みたいな人間は喜んでしまうが、こういうのは伊藤計劃氏の言うところの「理由と言う名の病気」http://d.hatena.ne.jp/Projectitoh/20061127ってやつなのかもしれない。設定厨になりがちな私は深く反省しなくては。ポリスノーツネタで引っ張ると、ラストには宇宙恐怖症にはありがたくないアレもあるよ!
追記:お、小島監督も書いてる
http://twitter.com/Kojima_Hideo/status/17414964905
たしかに「西部劇風味をうまいこと70年代ディストピアSFに置換した『アウトランド』」って感じがするかもしれない。
自分もピーター・ハイアムズのSF作品が好きで。『2010年』の評価は不当に低いと思ってる。


他の人も既に突っ込んでるとは思うが、ルナ産業本社との直接回線が繋がってるシーンで時間の遅延(ラグ)が無い*4のは…まぁ、科学的整合性よりは「さっきのビデオメールより速いでしょ?不自然でしょ?」ってのを強調するためのいたしかないシーンかな。でもやっぱり気にはなる。「量子通信が実現してる」まさかね「実はルナ産業本社は月の裏側にあったのだ」なんちゃって。ハイアムズ『カプリコン・1』かいな*5
実際は録画流してるだけなのに「木星を経由した通信だ」という説明を信じてしまうサムもちょっとなぁ。ヘリウム他の燃料確保のためにルナ産業が木星計画を進めているというのはSFとしては多いにアリなんだけど、流石に地球→木星→月の通信はムダが多過ぎだ(もしかしたら、木星往還船とか木星通信用ディープスペースアレイみたいなものかもしれないが)。まぁ社としては、いざとなったら疑い始めたクローンを「事故」でも「成長促進」でもさせて早死にさせる手がいくらでもありそうだが。ガクガクブルブル。


何はともあれ、決してスゲー派手な話ではないが、嫌いじゃない。密室劇系の変わったSFを見たい方にはお勧め。


参考:
月に囚われた男/エイジオブアサルトライフル」- 指輪世界の第二日記
http://d.hatena.ne.jp/ityou/20100713
第9地区』との共通点とか。たしかにあの使い捨てっぷりはアパチャーって感じがしますな。どこかに「Returning to Earth is a lie.」×3って書いてあるんじゃないだろうか。
(ちゃあしう)

*1:3年間一人でやっていけるということは酸素は余裕で自給できるようである。でも、作業員を1人にした理由の中には「合理性」も当然あるだろう

*2:声はケヴィン・スペイシーHAL9000やDr.マンハッタンのような無機質ボイスが印象的。でも、あえて助けてくれたのは「実のところ助かるとは思ってなかったから全部ゲロした」と邪推してしまう自分がいる

*3:実は放射線防護が足りなくて、初期に長期滞在を目指したチームは全滅してるからこうしたとか。放射線防護をケチって三年で死ぬくらいにしてあるとか。

*4:地球と月の距離は38万kmあるので、無線通信は往復だと最低でも2.5秒近く遅れる計算になる。会話はかなり間延びしたものになるはず。

*5:火星からの通信にタイムラグが無い事から陰謀がバレる