杜の都のSF研日記(アーカイブ)

旧「杜の都のSF研日記」http://d.hatena.ne.jp/sftonnpei/ 内容を保管しております

地球〜フォボス往復の旅(ただしミクロサイズに限る)

誤訳などが多くて「ただしソースは〜」と言われるが、これまで無視されていた技術系ニュースがワイヤードとかより若干早い気もする科学技術系ニュースサイト 「テクノバーン」からこんな記事
・ロシア、年内打ち上げ予定の火星探査機に生命体を搭載へ - Technobahn

2009/7/21 19:33 UTC − ロシア宇宙局が年内の打ち上げを予定しているサンプルリターン用の火星探査機「Phobos-Grunt(フォボス・グルント)」に地球上の生命体が火星で生存することが可能かどうかを実験する目的で生命体を搭載する方向で準備が進められていることが15日までに明らかとなった。

http://www.technobahn.com/news/200907211933

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b:id:entry:14800679


また相変わらずタイトルで飛ばし過ぎですなー 。「火星に生物を持ち込んで生存性を確かめる」のではなくて「地球と火星の衛星フォボスの往復を生物が生き延びるか」を確かめるのが目的だ。
 ロシアが今年10月に打ち上げを予定している火星探査機「フォボス・グラント*1」。久々の大型探査機であり、火星の衛星フォボスのサンプルリターンを目指す野心的な計画である。また、国際協力ということでアメリカを始め中国の子探査機「蛍火1号」、フィンランドの火星土壌ペネトレータなんかも搭載していく予定。そのなかでアメリカの惑星協会がロシア科学アカデミーと協力*2し、探査機の帰還カプセルに搭載する予定なのがLiving Interplanetary Flight Experiment 略して「LIFE」というモジュール。この中に地球の生物を搭載して地球とフォボスを往復させ、34ヶ月後に地球へと帰還したカプセルを回収して、中の生物が生き延びているかを確かめる。「地球軌道で既にやってない?」という疑問に対しては、地球周辺では地球の強力な磁場が宇宙放射線を遮るため、正しい評価対象にならないとしている。また、回収サンプルと生物モジュールは当然ながら同じカプセルの中だが別箇所におさめられ、間違っても混ざることは無い。
http://planetary.org/programs/projects/innovative_technologies/life/
この計画の最大の目的はトランスペルミア説の実証。生命が宇宙を渡ってやってきたというパンスペルミア説は(支持はどうあれ)おなじみだが、ある惑星で生じた生命体*3が他の惑星に移動できるかというのは大きな疑問。そこでモジュールを「生命のある惑星から飛散した小惑星のかけら」と考え、原始的かつ生存性の高い生命体が宇宙を移動する間の宇宙放射線などの影響にどれだけ耐性があるかを試そうというのが目的という訳だ。

 既に実験に使うモジュールの地球軌道でのテストを済ませている
http://www.planetary.org/news/2007/0921_Components_of_Mars_Life_Experiment.html
使用したのはボストークの生物実験用改造型無人衛星「フォトン」。実際に使用されるモジュールは重量100gの手のひらサイズのシリンダー というか円盤で、既に振動や加速度テストを済ませて搭載待ちだそうだ。

搭乗予定者

お客は全部で十種類。あと数種類加えられるかもしれない。「地球最強軍団」だけでなく、これまでの観測データから火星に住んでいそうな奴というのも含まれている。

http://en.wikipedia.org/wiki/Living_Interplanetary_Flight_Experiment
バクテリア
Bacillus safensis
 ジェット推進研究所のクリーンルームで発見されたことがある。そのため、既に火星に生息している可能性がある(!)
Deinococcus radiodurans(放射線耐性菌)
 記事で出てくる「バクテリアのコナン(Conan the Bacterium)」はこいつ。
 5000グレイでの生存例がある  ちなみに人間は10グレイ浴びると100%死ぬと言われる
Bacillus subtilis(枯草菌)×2種類 MW01&168
  アポロ計画や地球軌道実験での実績がある
アーキア古細菌
Haloarcula narismortui
 火星に海があったなら塩分濃度は高いと推測される 本細菌は好塩性
Methanothermobacter wolfeii
 マーズ・エクスプレスはメタンを火星大気で検出している 本細菌はメタンを生成する
Pyrococcus furiosus
 100度付近で増殖するため、モジュール内の最高温度の指標として搭乗する
・真核生物
Saccaromyces cerevisiae(醸造イースト)
 複数の実験で使われてきた実績あり
Arabidopsis thaliana(シロイヌナズナ
 月に飛行したこともある植物の種子 国際宇宙ステーションでも育てていたが設備故障で地球に帰還。
ゲノム解析が完了しており扱いやすく、モデル生物としての利用も多い。
Tardigrades(緩歩動物 いわゆるクマムシ
 真空 乾燥 放射線 ありとあらゆる障害に耐える最強の虫 2007年9月、ついに宇宙空間に直接さらす実験が行われたが生存した

へんないきもの」などによる紹介で一世を風靡した我らが地球最強の生命体クマムシ君もフォボス往復に参加するようだ。でも、奴が強いのは仮死状態のとき*4だから地球に帰るまではずっと寝てることになるが。

へんないきもの

へんないきもの

 

旅行者のしおり

FAQを読んでみると色々なことが書いてある
http://www.planetary.org/programs/projects/innovative_technologies/life/facts.html
・どうやってサンプルが混ざっていないと分かるのか?
複数の密閉機構が用いられ、密封性や対振動性はテストされた。地球帰還時の衝撃にも耐えうる。また、手のひらや鼻水に含まれるようなありふれた種は選んでいない。生物搭載/取り出し時には外部の殺菌消毒を実施、生物実験におけるコンタミ防止手順を遵守する
・人類に害のある生物は選んでいないか?
選んでいない。
・帰ってきた生物が人類に牙を剥く変異を起こす可能性は無いのか?
生物は乾燥し、活動していない状態で搭載される。培地や栄養分などは積んでいないため、中のお客が勝手に増殖することは無い。生物が活動&増殖中でないと突然変異の可能性は限りなく低い。病原性となればなおさらである。あくまで生物が「移動」を生き延びるかが焦点。
もちろん生物を扱う実験なので厳重な取り扱いを徹底するし、外部専門家からの意見ももらっている。
・最大の疑問・これらの生物が火星を汚染する心配は無いか?
そもそも起きそうも無い(火星を汚染する=フォボス・グラントが墜落して破壊されるということである)ことであるが、ちゃんとリスク分析は行っている。宇宙空間研究委員会(COSPAR)の惑星防御指針(planetary protection guidelines)に基づいて火星のコンタミを防ぐための解析を行っており、事故の可能性は極めて低いと推測され、指針にも合致する。ただしさらなる分析のため外部専門家からも意見をもらっている。打ち上げ前にはまとめた物を惑星協会で発表する予定 

日本の火星探査機「のぞみ」も指針により、「殺菌消毒を施していない機器は打ち上げ20年以内に火星に衝突する確率を1パーセント以内に抑える」ため、涙をのんで火星軌道投入をあきらめた経緯がある。自分の名前もまだ太陽の周りを回ってるはず。
http://ja.wikipedia.org/wiki/のぞみ_(探査機)

恐るべき旅路―火星探査機「のぞみ」のたどった12年

恐るべき旅路―火星探査機「のぞみ」のたどった12年

万全を期すならばアンドロメダ病原体のごとく自爆装置を使って「焼灼」するのが火星保護の観点的には一番だろうが、地球でトップクラスの生存性をもつ生物がそろってるから逆に作動させても死なない可能性があるかも(ぇー その前に、フォボス・グラントが火星に墜落するという時点で制御不能のはず。ちゃんと殺菌してから墜落するなんてできるのかは疑問。ここは地球帰還にも耐えるというモジュールの密封性に期待するしか無いだろう。実際、モジュールに殺菌などを考えた変な装置はついていないようである。


病原性地球外生命体ネタなんてキリが無いほどあるが、地球生物によるコンタミネーション(汚染)をあつかったSF作品もそれなりにある。初期だとお馴染みウエルズの「宇宙戦争」、ブラッドベリの「火星年代記」、クラークの短編「エデンの園のまえで」(『10の世界の物語』 収録 これは金星の話)。ベンフォード&エクランドのハードSF「もし星が神ならば」(早川)では、火星有人探査で巨大な菌株のコロニーを発見して「ついに原住生物だ!生粋の火星人だ!」と喜んでいたら、近づいてみると60年代に墜落したソ連の火星探査機が近くに落ちていたという話があった。主人公は大きな犠牲を払った火星計画がこんなことで台無しにされてはたまらん ということである決断をする(これ、ちなみに一章の話 メインの話はその後のファーストコンタクト) 昔の探査機だと殺菌不十分の可能性があるかもしれない。それだと既に火星は手遅れであるが。


火星から来た小さなお客 だとイアン・ワトスンの「マーシャン・インカ」(サンリオ)は南米に墜落したソ連の火星探査機が運び込んだ「何か」で、インディオの生き残りたちに変異が生じて・・・という話だそうだが未読。「バイオメガ」のドローン禍も火星由来。ナメゴンは火星人が地球の観測ロケットを「丁重に」送り返してきたときに付属していた卵だっけ?

マーシャン・インカ (1983年) (サンリオSF文庫)

マーシャン・インカ (1983年) (サンリオSF文庫)

何事も無ければ人類の有人火星飛行にも有用なデータが集まると思うので、「地球の生き物・火星一番乗り」という本企画、成功することに期待しましょう。

…でもロシアと火星探査機というのは昔から相性悪いと言いまして。
知られているだけで18機の打ち上げを誇る我らがソヴィエト改めロシアだが、そのうち8機が打ち上げそのものに失敗、軌道投入失敗が2機、4機がいいところで通信途絶。着陸機に至っては毎回よっぽどタイミングが悪いのか、着陸したけど音沙汰なしが2回、着陸に成功した2回ではデータを送ってきた時間がそれぞれ20秒と1秒(!)
「アエリータ」なんて映画*5作るから嫌われたんじゃ?

追記

完成度やらのため次の次の火星へのウィンドウ、2011年ごろまで延期だそうです
…なかったことにならないことを祈りたいものです

*1:一時はフォボス・ソイルと呼ばれていたこともある どちらも「フォボスの土壌」を意味する 露語のグラント=英語のground

*2:つまり言いだしっぺはアメリカ人 ソマリア殺傷ツアーもそうだったが、「一方ロシア人」ネタは濫用され過ぎだと個人的に思う 鉛筆の欠片は無重力で浮遊すると危ないんだぞー

*3:ここにきて火星から地球に生物がもたらされたと主張する人もいるそうだが実証は難しいだろう

*4:しかも乾燥には時間がかかる 120時間近くかけないと細胞が破壊されてあっけなく死んでしまう

*5:1924年制作 火星に自作のロケットで向かった主人公は火星の女王と恋に落ちるが、火星に同行した革命家が火星の民衆を決起させてしまって台無しになる というソ連の国策映画