杜の都のSF研日記(アーカイブ)

旧「杜の都のSF研日記」http://d.hatena.ne.jp/sftonnpei/ 内容を保管しております

林譲治「ルナ・シューター」

第一巻

「(中略)そもそも、どうしてラミアは月に拠点を作ったの?」
「そりゃあ、攻撃のためには橋頭保が必要だろう。」
「それはその通りよ。だけど、その地球侵略のための橋頭保を、どうして月に建設するの?たとえば南極じゃ駄目なの?アマゾン奥地にある地下の大空洞とか。」

それをやると「哀・せん(ry

ルナ・シューター〈1〉 (幻狼ファンタジアノベルス)

ルナ・シューター〈1〉 (幻狼ファンタジアノベルス)

月面基地ムーンベース・アルファを壊滅させ、地球上の軌道打ち上げ施設を瞬時に破壊した謎の異星ヒューマノイド「ラミア」。ムーンベースの生き残りは有り合わせの武器でラミア基地を襲撃。それ以上の地球攻撃を阻止したものの、剣一本しか持たないラミアの前に全員玉砕した。
数年後、地球の各国家群は「月面軍」を発足させラミア殲滅のための戦いを始める。ラミアも半年ごとに戦術を変化させ、ついには銃器を開発。激化の一途をたどる月を巡る戦いに中に、ムーンベース攻撃で婚約者を失った一人の男の姿があった。
COD4ではそのギリースーツ故にムック呼ばわりされることで有名なマクミラン大尉が長距離狙撃に際して「この距離だとコリオリの力も考慮しなくてはならない」なんてことをアドバイスしてきたが、月面ともなると砲の初速が月面の表面重力や自転速度に対して非常に大きいため、弾道は発射方向によってかなり挙動がカオス的になる というのが本シリーズの戦闘のミソとなる部分。このあたりは相対速度が重視される今までのハードSF系宇宙戦闘とは一線を画している。二回宇宙へ行って衛星を攻撃したことで知られるゴルゴ13*1も月にはまだ行っていないようだが、行く場合は人間FCSとしての能力が試されることだろう。流石に無理かな。いや、あのカッスラーだって月面を舞台にした作品が、ってもはや黒歴史か。
また「かぐや」の観測データでも実証されている溶岩チューブが新基地建設の要として登場する。はやぶさにつづいてこういう最新宇宙科学がSFにフィードバックされていく瞬間を目撃できるというのはいい物です。まぁ、永久陰の氷みたいな逆の例もあるけれども。
変形マシンLEMU(レム)は機動歩兵かと思わせて実態は「高性能武装四駆(人型形態付き つまりは機能的にはオマケ)」。資源を大事にという発想で作られた合理的マシンという設定。車両装甲と人型形態を使い分けるあたりは「FLAG」のHAVWCに近いが、月面では故障した車両をけん引できるパワフルさの持ち主。
本作ではまぁ世界の掲示がメインだが、物品目録にも記載されていた「お荷物」の登場でぎくしゃくし始める人間関係。これが二巻以降大きく話を動かすことになる。

第二巻

「わかった、マリア、だけど司令部には通さなくていいのか?」
「行方不明の部下を救援に向かったら、秘密基地発見しちゃった。撃ってきたから、反撃しちゃったの。何か不自然か?」
「いや、とっても自然だ」

ルナ・シューター〈2〉 (幻狼ファンタジアノベルス)

ルナ・シューター〈2〉 (幻狼ファンタジアノベルス)

プロローグでお約束過ぎるフラグ立てに苦笑い。月面軍はメンタル管理以上に死亡フラグ管理をすべき。
撃破した新型ラミアの中身に旧ムーンベース・アルファの人間が使われていたという事実に戦慄する涼。さらにラミアは「戦闘機」クラスの新型機や「狙撃」といった新戦術の投入を図る。苦戦する月面軍内では問題児の新メンバー・サキの周囲で人間関係もまたギスギスしていた。一方、地球ではある情報の分析が進められていた。
月面基地というただでさえ閉鎖的でストレスフルな環境、しかも先の見えない戦争。戦死者のの二割は「自殺者」という月面軍のメンタル管理の実態。というわけで少しイヤンな部分にも触れる。「キャッチ-22」な古典的な部分から現代でも時折問題になる戦争の真の暗部についても触れ、それは組織を描くヒトだけあって視点は冷徹かつ理知的。とはいってももめてる張本人達は妙に人間臭い訳だが。このあたりはAADDシリーズの人たちとちょっと違うか。意地の張り合いから発生する二人の女の命をかけた呉越同舟、その運命やいかに。
ラミアは足りない金属資源をアポロの着陸跡からすら回収したようだが、そのアポロの着陸地点に残された「あるもの」が話を別の方向に動かす鍵となる。これもアポロ陰謀論に対する・・・なんてのは流石に裏読みし過ぎか。最近だと河出のアンソロジー「NOVA1」に載った山本弘「七歩跳んだ男」なんてものもあった。

第三巻

「すいません、日本の文化には詳しくないのですけど、レストランとホテルが近いことに、何か不都合があるのでしょうか。」

モニカの意外とウブな一面。

ルナ・シューター〈3〉 (幻狼ファンタジアノベルス)

ルナ・シューター〈3〉 (幻狼ファンタジアノベルス)

ネタバレ注意


ラミアの秘密基地「Lポイント」に設置されていたのは、なんと涼の婚約者・樹里の「コピー」を稼働するスーパーコンピューターだった。マシンパワーを食うそれはなんと専用原子炉で動くという代物。なんとか彼女からラミアの情報を引き出したい涼だったが、核心に迫るたび彼女は微妙な再起動を続けて動作が怪しい。一方でラミアは総力戦をしかけてLポイント奪還を計る。制空権確保、空挺降下、そして包囲殲滅。これまでで最大の攻防戦が開始される一方で、月面軍内では最終兵器「戦略核」の使用が検討され始めていた。

人類最初の月面基地にして最初の被攻撃地点、ムーンベース・アルファ。名前からして怪しかったが、やっぱり「核廃棄物」が曲者だった*2!というわけでラミアの思惑も人類の思惑もついに明かされる怒濤の展開。そして分子レベルで再構成された彼女に振り回されることになる両軍。いわゆる人間のコピーをシミュレーションで動かすことが出来たらどうなるかを分子動力学から停止性問題まで広域で考察しているのはそれまでのガチガチの宇宙もの、組織話とは違う面白さがある。他では「複座」と「単座」による戦闘の違いなんかも仮想戦記作家らしいか。
最後はあっさり目だが、まぁこんなものか。母星殴り込みとか本作品の技術力じゃ流石に無理っしょ?
メイン以外では「モンスター教授」もとい門星教授が変なキャラで面白い。上の会話に発展したのも元はと言えば教授が涼の過去にいろんな「脚色」をしたため。大阪にいたときのあだ名は「撃墜王」で、秘書にも同僚にも手を出そうとした形跡もある。このリア充○ロ魔人め...

まとめ

というわけで巻末にもある通りの現代版「謎の円盤UFO*3。あちらと違ってやたらめったら核をぶっ放しはしないが。かぐやの観測データだけでなく、「カンサット」ベースの小型「弾道」通信衛星、新しい知見に基づくレゴリスの利用とそれによる相手の動きの読み合いといった現代ホットなテーマをふんだんに扱っている。日本でもこういう作品が書ける時代なんだというのがなによりのうれしさ。おわりはあっさり風味だがなかなか楽しめる3冊なのではないかと。

ツッコミ

イラストと描写の相違に関してはまぁよくあることだし、自分はレム(試作型)のデザインが好きなんでひとつだけ。「MTV/MRVは流線型じゃないぞ」
いやまぁ、HTVに脚やアンテナが生えたシロモノが絵にならんのは分からなくもないのだが。
あと、「デルタ・ワン」みたいに数字をカナ表記すると分かりにくいような。幻狼はこれが統一表記なんだろうか。
(ちゃあしう)

*1:一回目はマーキュリーカプセルで宇宙へ行き核攻撃指令衛星を専用銃で、二回目はソ連シャトル・SDI衛星・弓矢。ブランの有人打ち上げなんていつの間に…

*2:ITC作品「スペース1999」参照。月を軌道からそらしたうえで他の恒星まで運んでいくほどの核爆発ってどんだけすごいんだ?むしろ「時空が歪んだ」という解釈をすべきか?

*3:月面軍主力車両SRVも「ストレイカー装甲偵察戦闘車」の略だが、SHADO最高司令官と追跡戦闘車SPVを意識してるのは間違いないだろう