杜の都のSF研日記(アーカイブ)

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キルン・ピープル デイヴィッド・ブリン

邪な気持ちで訪問は避けましょう

もっと早く読んでおけばよかった。ちなみに「キルン」(KILN)は窯のこと

伝説によれば、日本では目を描きこむだけで、その対象は生命を持つという。船でも、家でも、ロボットでも――さらには、キュートなテレビ・コマーシャルで菓子パンの宣伝をする、ふかふかの”アンパンマン”でさえも。

「擬人化」というものを真面目に考えたSFを日本人がそろそろ書くべきかも知れないですな。


自分の分身ゴーレムに意識を焼き付けて24時間行動させられる未来。人々は仕事のほとんどをゴーレムに代理させ、一日の終わりにその記憶を統合して生活している。その一方で少数ながらゴーレム反対派、人権擁護派が存在する混沌とした時代。そんな中探偵として「違法コピー」のゴーレムを追う主人公に大口の依頼が舞い込む。「画期的技術が浸透した社会でその開発者が謎の失踪を遂げる」というお決まりのパターンで始まる本書だが描かれる緻密な未来像が特徴的。


ゴーレムは用途に合わせて作られ、肌の色もそれに準じて決められている。雑用目的のグリーン、かなり細かい事務もお任せなグレイ、専門分野特化型のエボニー、Hなホワイト、金持ち向けのプラチナなど。さらに趣味の戦闘用や仕事柄特化された非人間型のゴーレムを持つものも多数*1。一日の終わりの記憶統合は絶対ではないので、図書館で一生懸命勉強してきた奴は統合、町で物取りにボコられて来た奴はそのまま廃棄なんてこともできる。また、スポーツ化される戦場、崩れる既成の労働概念、内部告発推奨社会の形成。未来のいびつな倫理観から来る奇妙な社会像も興味深い。デモ行進に参加してるのも警備のために町に出てるのもゴーレム というのはかなりシュールだ。


長さとザッピングの割には読みやすく、スピード感ある仕上がり。また上の文章はゴーレム技術を日本人がすんなり受け入れたという説明で出てくるものだが、それと同様に(?)攻殻などに慣れた人間には違和感なく読めると思う。ただ、開発者真の目的や統合なんかはちょっと既成の範囲を離れてない感じも受ける。オリジナルの絶対性とゴーレムの関係に対する疑問なんかはやっぱり完全には魂とカラダを切り離せない西洋的なものがあるんだろうか。あと、アイデアの元になったと新聞のインタビューで語っていた兵馬俑の話が少し出てくるがあまり突っ込まずに終わってしまった。俺ちょっと期待したんだから投げるな〜 そういえばキバヤシ君がMMRを解散せざるを得なかったのも兵馬俑の中に隠されたDNAの(以下検閲により削除されました)


個人的には、目覚めたら知能が低い雑用係にされていたグリーン君の奮闘ぶりが好きだ。何で俺が雑用係なんだようと悪態つきながら働きに出かけ、やがて欠陥コピーである自分の存在意義の悩みから自分探しの旅へ出かける彼のがんばりは必ずや心を打つだろう。(ひねくれた人間や怠け者の作るグリーンは全部目覚めた瞬間に狂うんじゃないかというツッコミはいちおうなしにしよう)


巻末に「霊子」や「枝」の話は出てくるので、ここは誰も言及してなさそうなネタをひとつ。

はたからは、半世紀前の暗黒時代、地球の国々の三分の一で見られた女性のいでたちのように見えるだろう。それらの国々では、女性は厚手の布と薄物で顔とからだを隠すよう強要されていた。その束縛的なチャドルが、一転して完全な自由のための道具となったのだから、皮肉な話ではある。

劇中登場するバーチャル世界移入のプライバシーを保護するチャドル。現実世界でも似たものを開発してる人がいたりする。のぞき防止用具いろいろ たぶんコンセプト
http://japanese.engadget.com/2006/06/22/usb-immersion-hood/
そのモバイル版
http://japanese.engadget.com/2006/06/26/private-public/
確かにこれではのぞけまいて。ただし傍目にはものすごく怪しいな。

*1:登場人物のひとりはゴーレムがフェレット型。自分の分身が小動物ってなんだか流行ってるのか?