杜の都のSF研日記(アーカイブ)

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ナンシー・クレス「プロバビリティ・サン」

プロバビリティ・サン (ハヤカワ文庫SF)

プロバビリティ・サン (ハヤカワ文庫SF)

戦争がそれなりに入ってきた第二作。

「ピエール・キューリーは気楽な散歩に出かけたときに、ビールを運ぶ荷馬車にはねられて死んだんだぞ」カペロがいった。
「それは彼が注意を払ってなかったからだろ」カウフマンがこたえる。
「彼が注意を払ってなかったのは、それよりもずっと重要な科学的な問題を考えてたからだ」カペロがやり返した。

人工物の残りが世界に埋まっていることを知った人類は対フォーラー戦の切り札の発掘を目指して再び飛来する。一方前回の話で共有現実が「ない」人類のいい面悪い面両方を見たエンリは人類との代表者にされてしまい困惑する。また、人類は大胆なおとり作戦により生きたフォーラーの捕虜を初めて手に入れ、コミュニケーションを試みるのだが。


何といっても世界の激変がキモ。「共有現実」という既成概念を崩されていく世界の変化と崩壊が興味深く描かれる。空気を読む能力を一斉に失った人々はパニックを起こし、やがて大いなる騒乱へと巻き込まれていく。また異種族フォーラーとの手取り足とりの交流が切り口として新しいように思う。フォーラーを罠にかけるためにご協力をいただいた家族の話、捕虜を殺さず自殺させずに拘束する苦労話、相手の挙動から何を読みだすかなどなど。古来から生き延びるための一手段として相手の心を読む能力の一端を持ち続けてきた「共感者」という考え方はヘタなテレパシーよりうまい描き方ではあるが、そこまで人間うまい「能力」として手に入れられるものかね?ある意味某日本作家的? 中核となる理論は『エレガントな宇宙』にすべて登場するもの。 …流石に一発で理解できるシロモノではない。

本書を捧げてる相手が『マッカンドゥルー航宙記』のシェフィールド(最近亡くなってる)だが、<サイエンスフィクション作家を志す人々の科学的活用能力(リテラシー)推進のための慈善基金>なんて作ってたのね。日本じゃまず考えられないですな。