杜の都のSF研日記(アーカイブ)

旧「杜の都のSF研日記」http://d.hatena.ne.jp/sftonnpei/ 内容を保管しております

シャトル・フィクションズ 宇宙往還機をめぐる物語たち 第一回 「スペースキャンプ」

スペースシャトルが引退する。このニュースに落胆を感じる人は多いだろう。もうこの白い大きな翼が宇宙へ向かうのは数えるほどでしかない。

今回無事帰還し、羽を休めることとなるアトランティスの打ち上げ前〜打ち上げまでの写真たちが紹介されているサイトがこちら。これも見られなくなる。
First of the last Space Shuttle launches - The Big Picture - Boston.com
http://www.boston.com/bigpicture/2010/05/first_of_the_last_space_shuttl.html

かつて、シャトルは宇宙開発の未来を告げるものだった。一回で8人もの飛行士を打ち上げ、軌道上で回収した物資を持ち帰る事が出来、飛行機のように帰還できる夢の乗り物。本来なら一週間に一回シャトルが打ち上がり、宇宙工場に出勤するような民間企業があり、日本にも(おそらく)有人宇宙飛行の玄関口が複数ある。エトセトラ、エトセトラ。こんな時代が90年代からゼロ年代にかけて実現しているはずだった。はずだったのだ!
だが現実はご存知の通り。二度の大事故、コストの上昇、安全性のための妥協。このためにシャトルはその存在意義を大きく失い、国際宇宙ステーションの完成とともに飛行を停止する。宇宙はもっと身近になれるはず、そしてなにより宇宙を描くことがそのままSFではなくなることがシャトルの存在意義だと個人的には感じていたが、実際はご覧の有様である。むしろこれからは、安全安心のカプセル宇宙船が主流となるといわれている。「シャトルが登場する小説であるが故に時代遅れ」と化してしまう という悲しい時代を我々は迎えようとしている。最近だと『時間封鎖』で地球の異変に気がついたのがソユーズの乗員、というシーンがあった。まぁストーリーの展開上、ソユーズじゃないと帰還に失敗した可能性は高いのだが*1、時代反映は忠実だと感じる一方悲しくもあり。

増補 スペースシャトルの落日 (ちくま文庫)

増補 スペースシャトルの落日 (ちくま文庫)

シャトルが何故「失敗したシステムとなったか?」については本書が詳しい。悲しいが、今の技術体系では実現が困難な「画期的新技術」とやらがないことにはシャトルは実用足り得ないというのが現実なのである。クリント・イーストウッドの『スペースカウボーイ』という映画がある。科学考証は滅茶苦茶だがやけに熱い映画である。その中で老人達がスペースシャトルを評して言う「空飛ぶレンガ」*2という言葉、今となっては皮肉以上に聞こえるのは想像力過剰だろうか。
スペースカウボーイ 特別編 [DVD]

スペースカウボーイ 特別編 [DVD]

だが、人々は確かにこの宇宙機に未来をかけていた。そして空想の形で「ありえたはずの未来」を数多くの形で描いてきたのだ。今回より、「スペースシャトルが登場するフィクション」を通してシャトルと人々がそれにかけた夢というものを追っていきたいと思う。何回連続できるかは不明だが、シャトル引退までに色々なフィクションにおけるシャトル、を取り上げてみたい。


今回はディズニーの映画、『スペースキャンプ』を取り上げる。子どもたちがNASAで宇宙にまつわる業務を体験するサマーキャンプの一環「スペースキャンプ」が一転して本物の宇宙旅行に変わってしまうミラクルなSF?アドベンチャー映画だ。しかし本作が公開されたのは1986年。すなわち、あの悪名高いチャレンジャー事故の年であり、公開も短縮されてしまったという悲しい過去がある。

スペースキャンプ [DVD]

スペースキャンプ [DVD]

なんかアマゾンではどのDVDもエラい値段付いてますな。自分はレンタル落ちのVHSで入手。ちょっと気合いを入れてスクショを数枚。


米国人初の軌道周回飛行を成し遂げるジョン・グレンのTV中継が行われるころ、TVを見ずあえて外で空を見つめる少女がいた。彼女の前を通り過ぎていく一つの星。それがウインクしたとき、彼女は自分も宇宙飛行士になることを決意する。
それから数十年後。少女は大人になりシャトルの女性飛行士にはなれたもののシャトル搭乗は決まらず鬱憤の毎日。そんな彼女に与えられたのは「スペースキャンプ」の青少年たちの子守だった。彼女担当のシャトル搭乗チームに選ばれたのガリ勉少女、女にしか目が無いロック青年、SWオタクの泣き虫少年と色々ありげな凸凹メンバー5名。愛称は最悪な彼らは色々と手を焼かせることになり、大気圏突入シミュレーションでは見事に失敗して燃え尽き判定を食らう始末。

そんな中NASAは今回のスペースキャンプより、実機を使った打ち上げシミュレーション時にメインエンジン・SSMEのテストをやろうという雰囲気付けの大盤振る舞いをやろうとしていた。実戦さながらの手続きのち、「アトランティス」のメインエンジンが燃焼を始める。だが、突如機体側面のSRB・固体燃料ブースター一機が発火を始めてしまう。チームのメンバーたちが展示室で遭遇した宇宙基地メンテ用人工知能ロボット「ジンクス」が、少年の「宇宙へ行きたい」という望みを叶えるべく余計な事をし始めたのだ!SRBは一度火がつくと止まらないうえに、片方だけではバランスを崩して墜落する。管制と女性飛行士は安全のため、もう一方のSRBにも点火して発射することを決断。こうして大人一人と子供5人の乗るシャトルは下準備も満足にないまま宇宙へと旅立ってしまうのだった。訓練用だったので足りない酸素、同じく調整中だったので通じない無線、そして大人一人を除いて素人同然のメンバー。彼らは無事地球へ帰還できるのか??


基本はお子様向け映画なのだろうが、設備等はホンモノ*3を使えるだけになかなかに凄いし、当時のレベルではあるものの遊泳や軌道上での描写・大気圏突入の再現も気合が入っている。メインテーマはジョン・ウイリアムズでこちらも豪華。そしてバラバラだった5人+1がやがてそれぞれの役割で力を発揮し、団結していくさまも王道。子どもの世話を任された女性飛行士と地上でそれを見守る形になる管制室の夫も面白い関係だ。船外活動でパニックに陥った少年に「フォースを信じろ」という分かりやすいネタから、推進系の酸化剤は呼吸に使えないかと聞かれて「OMSの酸化剤は四酸化二窒素よ。ドライクリーニングぐらいにしか使えないわ」なんていう誰が分かるんだというネタまでいろいろ。また、さりげなく宇宙基地建設*4が始まっているなんてパラレルなところも。まぁ86年当時(事故前)なら、ステーションなんてすぐできるという雰囲気だったのだろう。

発射台で実験ってアリなのか?と思ったらちゃんと映像があった。これはSTS-26(チャレンジャー後の再会フライト一発目)、実際の発射台におけるSSMEテスト。よく見るとエンジンの出力とともにシャトルが微妙に動いているのが分かる。ロックが外れたりしたら恐ろしい事になりそうだ。

子どもが乗ってる機械でメインエンジンテストをやるとか、人工知能の勝手な判断にNASAが振り回されるのはストーリーの都合なのでまぁいいとして、突っ込むところとしたら「緊急帰還」だろうか。実機では緊急時の対策には3種ある
・打ち上げ台から離れる前などに何か発生・・・機外に出てロープウェーで滑り降り、M113装甲兵員輸送車で発射台を離れる
・ちょっと浮いたあたりでSRBなどに異常発生し爆発の恐れ・・・メインデッキのハッチから竿を突きだし、それにそって脱出してパラシュート降下*5
・メインエンジン不調などで軌道に乗れない・・・全てを分離してケネディへ帰還、ある程度飛んでスペインやモロッコに着陸、地球を一周してケネディへ帰還
この三種があるが、前の二つは映画のような場合SRB発火の恐れと、正式な打ち上げ時装備を着用していないため不可能だろう。三番目は正規の機長と操縦士がそろってないから難しいか?まぁしかし、脱出手段に関してはシャトルは不安要素が多いのはチャレンジャーを引くまでもなく事実。ソ連シャトルでは航空ショーの墜落パフォーマンスでお馴染み高性能射出座席が採用される予定だったそうで、それだとまだマシではあるか。いや待て、子どもたちに射出座席はちょっとマズそう…。
あと完全な余談だが、ビデオのパッケージには「撮影に5年6カ月・八十億円かけた」とあるがにわかに信じがたい。シャトル計画開始以来の記録映像とかも勘定に入ってるんだろうか?

ベルトでぐるぐる巻きなのは中の人が小さいから。そういえば、気圧順応してないような…(ツッコミ無用)

というわけで現状手に入りにくそうだが、ストーリーとしては気張らず見れるのでぜひレンタルなどで見かけたら手に取ってもらいたい。
次回はカタストロフィー物かシャトルの歴史を振り返るものを予定。
(ちゃあしう)

*1:地上との交信ができなかった上に「異変」を見ちゃったので、下は当てにならないだろうと手動・目測での帰還を強行。その結果ヨーロッパの山中に不時着。

*2:シャトル前面を覆う耐熱パネルは言ってみれば煉瓦のようなもの。シャトルが無事に帰還するための一番大事な場所であり、かのコロンビア事故の原因でもある。

*3:WikipediaによるとSTS-51C シャトル軍事ミッションでの映像が主に使われているらしい。チャレンジャーで死亡した日系のオニヅカ飛行士も搭乗している。

*4:本映画での名称はなかなか気合の入った「ダイダロス」。ちなみに日本がステーション計画に参加したのは84年の中曽根/レーガンの合意以後だが、見た限りではJEMらしきものはない

*5:シャトルは翼がでかいので、そのままハッチから出るとぶつかって『トップガン』のグースと同じ運命をたどることになる。