杜の都のSF研日記(アーカイブ)

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シャトル・フィクションズ 第二回 アポロとシャトルのミッシングリンク 「宇宙からの脱出」

今回も引退を控えるスペース・シャトルをめぐる物語を紹介する。今回はスペースシャトルとアポロの間にあたる時代に何があったかという部分に迫る作品。


有人月着陸・探査計画は「60年代に人類を月に送り込む」というケネディ大統領の悲願を達成したものの、本来20号まで行われることになって計画は予算削減のために17号までに減らされることになった。その後、アポロのコンポーネントを流用することで将来の計画に役立てようということで行われたのが「スカイラブ計画」である。空軍による有人実験室(という名の有人偵察ステーション)MOLが同じく予算削減で潰えたのち、国際宇宙ステーションが動き出すまで米国唯一の宇宙ステーション計画。サターン5型ロケットの3段目S-IVBを改造して居住施設と観測機器を備えた宇宙実験室を作るという本計画は合計3回、171日に及ぶ宇宙滞在を成し遂げた。だが、スペースシャトルでの流用を目論んだスカイラブはシャトル開発に手こずっている間に大気摩擦で軌道を落としており、1979年にオーストラリアに落下。アメリカの打算は見事に外れる。これが後々後を引く形になり、宇宙長期滞在ではソ連に遅れる原因となる。一方、ソ連との関係ではアポロ18号とソユーズ19号がドッキングするアポロ・ソユーズテスト計画(ASTP)」が実現。デタントの象徴以外の意味はなかったといわれることもあるが、宇宙救助やのちのシャトル・ミールドッキングの先駆けとなるアダプタのテストが行われている。ニーヴン&パーネルの隕石衝突物『悪魔のハンマー』で登場するのも本ASTPミッションだ。あとはゴルゴ13の『軌道上狙撃』もこのころ ということになっている。…それにしたって核発射指令のために有人衛星なんてゼイタクな…。


日本の誇る迷画として知られる『幻の湖』はラストが鮮血の衝撃シーン→スペースシャトル発射という意味不明展開で有名だが、シナリオでは飛び立つ宇宙船が「シャトル開発が遅れたため、軌道を押し上げるために打ち上げられたアポロ宇宙船」となっていた。現実世界でそうなってたらどれだけ良かったことか。…いや、良かったのか?シャトルが「失敗」認定された今となっては分からん。

幻の湖 (1982年) (集英社文庫)

幻の湖 (1982年) (集英社文庫)

この本の内容?んー、自分には説明しかねる。皆さん頑張って自分で読んでください(こら


映画『宇宙からの脱出』、原題「Marooned(置き去り)」はズバリこの「アポロとシャトルの間」を埋める部分にあたる作品であり、アポロ発展型、宇宙ステーション計画、ソ連との対立と協調、そしてスペースシャトルの原点が登場する非常に興味深い作品である。本作は昨年初めてDVD化された幻の作品。特典が「関連作品」と言いながら全部ハリーハウゼン作品*1の予告編なのはなぜなんだぜ。

宇宙からの脱出 [DVD]

宇宙からの脱出 [DVD]

アポロ計画後、他惑星への長期飛行に向けた技術習得を目指して宇宙ステーションの建設が始まり、3人の飛行士たちはアポロ改良機「アイアンマン1号」で宇宙ステーション「サターン4B」へと向かう。5か月の滞在の後、どうも飛行士たちの効率が落ちているということが判明。やっぱり長期滞在は体に悪いみたいだし、良い頃合いなので帰還させようということになり飛行士たちは移乗、地球への帰還を目指す。ところが、帰還用逆噴射のタイミングで異常が判明する。アイアンマンの主エンジンに故障があり点火ができないことが判明したのだ!機体周囲に4×4つあるRCS・姿勢制御エンジンでは燃料が足りないため帰還用減速も宇宙ステーションまで戻ることもできず、軌道を漂流することになってしまった3人の飛行士。酸素の残量は42時間分と非常に少ない。飛行主任のキース博士は「新しいことに犠牲はつきものだ」と言い、3人の同僚である宇宙飛行士や空軍関係者の救助プランをに耳を貸さない。なんてったって時間がなさすぎるのだ。しかし大統領は違った。それじゃ国民の支持は得られないし、劇的救出劇は支持率に大きく影響するだろう。博士は計画を練り直し、空軍が試作した実験機「XR-V」を打ち上げようとする。さまざまなプロセスをすっ飛ばし進む打ち上げ準備。しかし発射台には運悪く大型ハリケーンが接近していた…。

原作は航空小説や第二次大戦における戦記紹介・翻訳などで多数の著作があるマーティン・ケイディン。男しかおらず、地上とも(物理的にも、そして心理的にも)距離のある『冷たい方程式』が緊迫感を持続させる。なんとか抑えてはいたものの、ついに限界を迎える飛行士たち。そして訪れる決断の時。本映画が本国ではアポロ11号と同じような時期に公開されたというのがまず凄いが、日本公開時にはアポロ13号とかぶったというのも凄い話だ。映画を観た人は(ネタバレ注意)「まさか、船長が酸素のために…」なんて変な期待をしちゃうんじゃないか。
wikipedia「宇宙からの脱出」

しかし、実際のスカイラブ計画でも第2回目の有人フライト「スカイラブ3号」*2では姿勢制御システムにトラブルが続き、映画みたいになった時のために備えた救助ミッションが検討されていたという。救命艇「アポロ CSM」もしくは「スカイラブ・レスキュー」はアポロの改良型で、救命クルーと救助対象で合わせて5人を載せることができたようだ。当機はスカイラブ4号とASTPの際もバックアップとして待機していたが、実際に出番が来ることはなかったという。アポロではそもそも予備機・救助機なんて概念すらなかったわけで意外や意外。
http://en.wikipedia.org/wiki/Skylab_Rescue
http://www.astronautix.com/craft/apouecsm.htm
宇宙系総合情報サイトから「宇宙救難」で引いてみると、さまざまなアイデア(とアイデア倒れ)が用意されていたことが分かる。一言でRESCUEと言っても、発射時の緊急脱出(シャトルにはなかった)から軌道上での事故からの脱出、さらには大気圏に突入できる個人用装備までいろいろなアイデアがあったようである。絶対助からないようなものもいくつかあるぞ。
http://www.astronautix.com/craftfam/rescue.htm


登場するハードウェアはまず舞台となる「アイアンマン1号」がアポロの改良型という設定。打ち上げシーンだけはサターン5型だが、機械船が小型化されたという感じだ。一方、最初しか出番はないものの現実世界のスカイラブ宇宙ステーションに相当する宇宙実験室「サターン4B」。名称からしてS-IVBと同じだが、スカイラブと違い長期滞在に特化したためか太陽望遠鏡のような装備はないようだ。映画の公開時期を考えると、アポロの次はアポロ流用宇宙ステーションと言うのはほぼ専門家でも意見が共通していたということだろうか。アポロ計画進行時から流用開発は決まっていたらしく、アポロ計画の中止により打ち上げが容易になったらしい。ソ連の怪しい宇宙船は初の船外活動や宇宙服を脱いで無理矢理三人乗った(!)事で知られる複座宇宙船ボスホートという設定だが、実際の機体と比べると後ろの機械船部分が無いためちょっと変に見える。まぁ、これは情報が絞られていた時代だから致し方ないか*3。そして救助用宇宙船が空軍の実験機XRV。これはスペースシャトル計画の前から行われていた空軍のリフティングボディ実験機 マーチン・マリエッタX-23X-24Aの合いの子と言った感じだ。

米空軍は記録を多数打ち立てたロケット機ノースアメリカンX-15・「宇宙への二重投資」としてマクナマラに中止されたX-20ダイナソア、軍用ジェミニであるブルージェミニなど、独自の有人宇宙機を持つことにご執心だった。最終的にシャトル計画でも「敵性衛星の捕獲」をチラつかせてシャトルにいろいろと制約を強いている。機体そのもの(胴体)で揚力を生み出し、その構造上大気圏突入にも向いているリフティングボディを使った空軍/NASAの航空機はNASA謹製のサイボーグが活躍するアクションドラマ『600ドルの男』*4オープニングで知られるHL-10をはじめとしていくつもあったが、結局宇宙へ飛んだ機体はない。今年になって無人スペースシャトルX-37Bが飛行をしているのはシャトルの不甲斐なさに痺れを切らした空軍独自の動きだというが真相はいかに。…シャトルに色々口出ししたのはてめーらだろうが!と今さら言ってもしょうがないか。打ち上げにタイタンロケットを使うあたりはX-20を意識してるっぽい。

滑空実験を行ったX-24Aの映像。本機はその後X-24Bに改造されたが、元の形が分からなくなるほどの「魔改造」を施されていることで有名。
実際のシャトルデルタ翼が目立つ機体で、あまりリフティングボディを意識するものとはなっていない。その後国際宇宙ステーションの緊急脱出用にリフティングボディ+パラセールで着陸するX-38が制作される予定だったがこちらも予算カットで中止。ロシアはソユーズ後継として「クリッパー」なるちょっとリフティングボディぽい機体を提示していたが、これは西側の「有翼信仰」を狙った一種の釣りだったようで現在有望視されてるのは通常のソユーズ発展型カプセル機。残るは日本がかつての往還機研究の流れをついで研究している「LIFLEX」のみ。これも地上試験は行われたが今後どうなるかは未定。うーむ、現実は厳しい。

犠牲をいたしかないと思ってる面もあるリーダー:キース博士は『ローマの休日』等で有名な名優グレゴリー・ペック。そのある種強引な姿勢*5とその容姿はアポロ計画に参加したかのフォン・ブラウン博士を模しているとみて間違いないだろう。けっこう似てるよね。一方、アイアンマン1号に閉じ込められる飛行士にはジーン・ハックマンがいる。ある種覚悟をしている他の二人と違う彼の行動に注目。普通なら、地上の親族との交信は心をほぐすいい機会になるはずなのだが、彼の場合は…。

台風で延期される打ち上げ、機長の決断、そしてまさかのソ連登場。冷戦下での宇宙開発が辿ったかもしれない未知の危機を描いた地味だが力の入った作品である。アカデミー視覚効果賞をとったという特撮は『2001年』とまではいかないが、ロケットものではお約束の多数のプロセス・機体姿勢制御ロケットの描写や、実際にスカイラブでもテストされ、現在も船外活動で使用される船外活動支援ユニットMMUの動作などに細かい工夫が見られる。また、『ライトスタッフ』『アポロ13』でも描かれた、国家を背負う夫をもつ「飛行士の妻たち」の心労、さりげない伏線をはる飛行士たちの会話も興味深い。トップをねらえ堀晃『エネルギー救出作戦』のような飛行士地元の応援キャンペーンなんてものもあるぞ。エンディングもなしにいきなりぶつっと終わる感じがするが、エンジン停止に台風、酸素欠乏とあるのにそれ以上のヤマを作ると飛行士たちにかわいそうな気もするのでこれぐらいで十分だろう。まぁ、XR-Vがエドワーズ空軍基地に滑走着陸するシーンはちょっと見たかったかも。
現実世界では、宇宙事故は基本的に「打ち上げ時」と「帰還時」に起こっているため地球に帰ってこなかった人間はいない。しかし、もしその体すらも地球へ帰ってこれない事故が起こったとしたら宇宙開発は支持されるのか?クラーク『地球の太陽面通過』でも、着陸船が永久凍土陥没で離陸不能に陥ったため軌道船から見殺しになる火星探査クルーに対し、「非現実的な救助プラン」が多数寄せられた、一般人は物理的にそんなことは無理だと言っても気に留めないものだ、なんて描写があった。本作の救出計画が実行に移されたきっかけが人道的見地より大統領のメンツがかかった思惑というのはちょっとイヤンな感じだが、確かに世論を背景にすると「あきらめましたすみません」ではなかなか許されないところがありそうである。それは、今日も例外ではないだろう。個人的に本作は「SFではない」フィクション、と言いきってみたい気がする。

小説版ではさらに3人の宇宙飛行士の背景やソ連側(こちらはソユーズ11号*6)の動きも補完されている。ハヤカワ・ノヴェルスで出ただけなので入手は困難。古書通販か神保町あたりじゃないと見つからないかも。なお、小説版は本国だと映画化前のバージョンがあり、こちらではマーキュリー宇宙船が救出される話らしい。

宇宙からの脱出 (1970年) (ハヤカワ・ノヴェルズ)

宇宙からの脱出 (1970年) (ハヤカワ・ノヴェルズ)

クリックで拡大。アポロ13号で死者が出ていたら、そもそも出なかったんじゃ?という気がしなくもないが。


同じ時期を扱った作品だと、基本的には米ソ対立と月着陸をめぐる作品が多い。本作の原作者ケイディンがアポロの前にソ連月面基地作っており領有権論争が発生する『月は誰のもの』を書いてるほか、ロバート・アルトマンが米ソ月面到達競争を描いた『宇宙大征服』という映画を出しているそうだ。有人月着陸にあたりソ連側の軍と関係ない「人民」飛行士人選に刺激を受けたアメリカは第一候補だった軍人を外して民間人を送ろうとする。しかしソ連の発射が迫ったため「ジェミニの改良型(着陸脚つき。一度着陸すると離陸は出来ない)で飛行士を月に降り、無人で送りこんだシェルターで帰還用のアポロが完成するまで待つ」という超付け焼刃で一番乗りを目指すという話だそうである。メインは月に行くことよりも、いきなり選ばれてしまった男といきなり外されてしまった男の葛藤。超見たい。でもこれは本作より需要が少ないかのう。


というわけで『宇宙からの脱出』を紹介。晴れてDVD化ではあるものの、油断してると入手困難になりそうなのでアポロのころの宇宙開発に目が無いファンはDVDショップへ急げ!
…うーん、改めてみてみるとシャトルの話、とは毛色が違ってしまったか。でも今紹介しないといつ紹介するのだ。次回は同じような時期の小説か大災害物を予定。
(ちゃあしう)

*1:「地球へ2千万マイル)」「シンドバッド7回目の公開」「空飛ぶ円盤地球を襲撃す」「H.G.ウェルズのS.F.月世界探検」

*2:1号は本体打ち上げなので無人ソ連と違い、乗員打ち上げハードウェアはアポロでもミッション名はスカイラブ。ややこしや

*3:ボスホートはガガーリンの乗ったボストークの改良型だが、ソ連はボストークの持つ「大気圏突入後乗員がカプセルから脱出して帰還する」と言う機構が「それって乗員が宇宙船捨ててるじゃん=つまり正規の飛行じゃない」というツッコミを受けて正規の宇宙飛行認定を外されることを恐れて徹底的に形状を秘匿した過去がある

*4:自分は見たことはないが、これもマーティン・ケイディンがシナリオに噛んでいる。HL-10の事故で実際に負傷したテストパイロット、ブルース・A・ピーターソンは右目を失う事故を追ったものの航空アドバイザーとして余生をまっとうしたそうだ。

*5:最後の瞬間にも酸素残量に関する決断を「あっさり」ゲロするあたりも意識してそうだ。

*6:現実世界のソユーズ11号は世界初の宇宙ステーション・サリュート1号とドッキングしたが、帰還時に空気が抜けて飛行士3人が死亡した。なんたる皮肉。