シャトル・フィクションズ 第六回 レッド・スター/レッド・シャトル 「シャトル亡命軌道」「宇宙戦闘機アルファ・バグ」「ウインターホーク」
アメリカが新型宇宙機「スペースシャトル」を実用化した頃、ソ連はそれに猛然と食って掛かってきたことは前回も示した通り。アメリカのシャトルは「敵性衛星の捕獲」「宇宙兵器の打ち上げ」手段であり、これは宇宙での軍事的活動を制限する宇宙条約違反だというのだ。しかし、その主張はある時期からぱたりとやむ。そしてその頃、インド洋で一機の謎の宇宙機がソ連海軍によって回収された。それは小型のスペースシャトルのような飛行物体だった。アメリカはソ連が小型スペースシャトルを実用化、さらに大型シャトルを建造しているのではないかとにらんでいた。スペースシャトルはロシア語で「コスモリョート」と呼ばれ、ソ連の宇宙ステーション技術の発展とともにその脅威が語られた。
実のところ、ソ連は宇宙開発初期からドイツのゼンガー計画に刺激を受けた高高度ロケット飛行機に興味を持っていた。ガガーリンらの後に有名になる飛行士たちが、デルタ翼の謎の風洞模型の前に立っている写真が残っている。そして、実際に開発も進められていた。「50-50計画/スパイラル計画」と呼ぶそれは、マッハ4で飛行する超音速母機からロケットブースターを装着した独り乗りの小型リフティングボディ宇宙船を発射するというもの。ミコヤン・グレビッチ設計局で概念設計が進み、ミコヤン・グレビッチMig-105の名称で勧められていた計画は子機の滑空試験が行われたものの、当時の基準を超えたロケットエンジンの要求性能などから中止されている。月着陸計画が頓挫したものの、ソユーズとサリュート宇宙ステーションが好調になったのでいったんは忘れられた50-50計画。しかし、米国のシャトルの順調さに、ソ連もシャトル開発を再開する。打ち上げには当代最強クラスの液体燃料ロケット「エネルギア」を使用、シャトル本体はそれの側面に相乗りし、自力では軌道修正や離脱程度の推力しか持たないのが特徴。ジェットエンジンを装備した着陸実験機やスケールダウンした大気圏突入実験*1ののち、第一回無人飛行「ブラン」は成功裏に終了する。だが、ただでさえ軍拡で金が足りないソ連にそれ以上の開発は難しかった。崩壊の前に息切れしはじめたソ連は結局ソ連版シャトルの有人打ち上げにこぎつけることはできなかったのである。ただし、キャビンを含めた全乗員が射出座席で緊急脱出できるなど、その安全性配慮などには今のシャトルが及ばない点も多く、また無人飛行をいったん行ってから有人飛行を行ったことなどにも評価の声がある。
今回はこういった背景を持つ「赤いシャトル」の登場する作品を紹介する。その性質上、かなり軍事的な話に焦点が行く場合が多い。
まずはデレク・ランバート『シャトル亡命軌道』。選挙の迫った少々支持率落ち気味のアメリカ大統領。そんな彼がシャトル着陸の中継を見ているときに妻の一言で思いついた支持率劇的アップ大作戦。それは、ソ連の若き宇宙英雄をソ連の最新鋭シャトルもろとも亡命させることだった!実はソ連期待の若手飛行士ターリンは(ソ連ではありがちだが)純なロシア人ではない。そこにいろいろとつけ込む事が出来るに違いない。そしてその作戦のため、ターリンを「丸め込む」役に抜擢されたのはアポロ計画で「あらぬ事」を口走って仕事を追われた元宇宙飛行士ロバート・マシーだった。彼は「宇宙飛行士への復帰」を条件に作戦参加を承諾。早速偽装亡命者としてモスクワへ乗り込むのだが・・・
- 作者: デレク・ランバート,田村義進
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 1984/05
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主人公の(それなりに面白い)生い立ちの紹介の後は、
マシーをソ連側に信用させるための「切り札」はなんとNASAへのハッキング。つまりソ連側がアメリカの宇宙開発のコンピューターシステムを勝手にいじれると思い込ませて、信用している隙に「星の街」にいるソ連英雄であるもう一人の主人公・ターリン接近を試みる!という大胆不敵な作戦が展開される。その中でターリンと踊り子の恋と別れ、そして軌道核戦略システム、もとい宇宙戦艦建造をねらうソ連の野望が描かれる。ソ連の描き方は相変わらずだが、亡命させるために真実半分、嘘半分のお涙頂戴話(?)を重ねながらもそれを自分でもあまり快く思っていない主人公がいい。そして物語のクライマックス、さまざまな陰謀をはらみながら、シャトルの発射が迫り、一方でマシーの脱出劇が始まる。そしてターリンの恋人演ずるところの共産主義バレエ劇「赤い鳩(RED DOVE:原題)」の幕は上がる!いいねぇこの演出。ちゃんと劇中劇の内容もリンクしているのだ。でも、そうすると原題をまるで生かしていない邦題だのぅ。
登場するのはソ連の開発したスペースシャトル「ダブ」(鳩)。基本的にはアメリカのものと同じブースター・タンク式を使用しているようである。でも、どうせならロシア語でひねった名前付けてくれてもいいんだがなぁ。『幻想ネーミング辞典』によると鳩は「ゴールブ」だそうだが。もちっと荒々しい鳥がいいか?さて、マシーは果たして任務を達成し、再び「自由で平和な宇宙」への切符を手に入れられるのか?ラストの思わせぶりなところもまた魅力。しかし、肝心のハッキングがたいしたことがなかったりする。ハッキングで衛星を自爆させてみました→F-15による対衛星ミサイルで破壊してごまかしてみたり。バレないのか?
次はM.E.モリス『宇宙戦闘機アルファ・バグ』。こっちはさらに「007」調の派手なアクションが展開する。主人公ドーヴァーは元宇宙飛行士。シャトル「コロンビア」の大気圏突入事故の際、制御不能の機体をなんとか地上まで運んで仲間を救ったものの最後までコックピットで粘っていた事が災いして窓の破片で片目を失い、今は農場で暮らしていた。そんな彼にお呼びがかかる。それはアメリカの早期警戒システムが捉えたソ連の謎の衛星の正体を探るため、ソ連に潜入せよというものだった。
- 作者: M.E.モリス,飯島宏
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1988/10
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しかしなぜ自分が?それは「宇宙工学に精通して」「ロシア語が話せる」「隻眼の人間」が必要だったからだった。
1・「宇宙工学に精通」 これはまあ標的が標的だけに当然。
2・「ロシア語が堪能」 ドーヴァーはソ連との共同スペースラブミッションのためロシア人との共同訓練も受けていた。途中で「政治的問題により」お流れになったらしい*2
そして3・「隻眼」。これはなぜか?そんな彼に差し出されたのは、コダックが極秘開発した義眼埋め込み型マイクロカメラ「アイカメラ」。この義眼として装着できるカメラでバイコヌールの秘密を撮影するのが彼の任務である!アイカメラにはセンサーが内蔵され、虹彩の縮小も自然に再現できるという細かいギミック付きなのだ。
こちらもなんとなくノリは「ファイアフォックス」っぽそうだが、その正体はむしろ(良くも悪くも)ボンドシリーズ。アイカメラ装着直後に病院が襲撃され、偽装夫婦として潜入後には刺客の襲撃を受け、あえなくとっつかまって拷問されるも味方の助けで奪還され、脱出中に遭遇した警備艇との銃撃戦に巻き込まれ、さらに脱出のため用意されたYAK-38フォージャー*3に偽装したハリアー*4による迎撃戦闘機との空中戦と息をつく暇がない。
それと平行して、実際にその宇宙機・コスモリョートIIでテスト飛行に旅立ったパイロットで、ドーヴァーともかつての米ソ共同スペースラヴ計画で親しかったソ連飛行士・アンドリアンの軌道上でのミッションの模様とその内容が描かれる。ところが、ここで事故が発生しアンドリアンの乗るコスモリョートからの通信が途絶える。ここぞとばかりにアメリカは実機の入手を決断。軌道上で消息不明になったコスモリョートII回収のため、ドーヴァーと仲間たちを軍用シャトルで軌道上に向かわせる。ソ連もまた、アンドリアン救助のためにもう一機のコスモリョートを発射。米ソ対決は最後に宇宙空間へと向かう。
登場する宇宙戦闘機 コスモリョートIIは弾道弾迎撃用のレーザー砲を搭載した一人乗り宇宙機で、アメリカから拝借したステルステクノロジーと高度な機動性を有する。ソ連はこいつを軌道上に打ち上げまくって数でアメリカを圧倒しようという計画。ちなみにこのコスモリョートII(アメリカ側のコードネーム「アルファ・バグ」)、翼は有するがあくまで着陸にはパラシュートとエアバッグを使用する。翼は大気圏突入位置の調整と軌道変更技術のためにあるらしい。これはソユーズ後継機として一時提案されていた「クリッパー」と似ているかもしれない。小説の記述だとコスモリョート開発はソユーズの回収技術に信頼置けないから...みたいなことを言っている*5。
しかし、本作はもともと軍事関連のノンフィクションを出していたアメリカの出版社がはじめて出したフィクションなのにベストセラーになったというから、当時のアメリカってモノを知る上でも面白いかもしれない。...といっていたら最近になってソ連がこれと同様のコンセプトを持っていたことが判明。その名は「LKS」。一種の小型スペースシャトルで、最初は軍用ステーションとの往復任務などの使用を予定していたがのちにアメリカのSDI計画に対抗するため、低軌道においてレーザーなどを用いてICBMの再突入体を撃墜する任務を考えていたとか。ま、まんまやないか〜 LKSの詳細に関してはこちらやこちらを参照。
他では、クレイグ・トーマス『ウインターホーク』など。
- 作者: クレイグトーマス,矢島京子
- 出版社/メーカー: 扶桑社
- 発売日: 1990/02/01
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映画にもなった『ファイヤーフォックス』と映像化の無い続編『ファイアフォックス・ダウン』で命からがらソ連の最新鋭戦闘機を持ち帰った主人公、ミッチェル・ガント。だが、東西ベルリンの壁が壊れたというのに新たな任務が彼を呼ぶ。アメリカとソ連の新軍縮条約締結を米ソ共同ミッションで祝おうと言う一種のイベント。それにソ連は強烈な裏切りを用意していると言うのだ。ソ連側のシャトルには新型兵器が搭載され、何も知らずに軌道に乗った「アトランティス」を攻撃できるかもしれないという。その情報を確認し、可能であればそれを阻止すること。内通者の協力のもと、ガント達はこの作戦のために強奪されたMi-24ハインド攻撃ヘリでアフガン国境を突破しようとする。だが、当初より虎の子の強奪ハインドが他の任務中に墜落したりとトラブル続き。そして肝心のところで機体が損傷し、ソ連軍に身元確認を求められて絶対のピンチに。
東西ドイツ統合後に書かれた作品だが、その直後にソ連の方もずぶずぶと崩壊していくわけでそういった情勢予想は難しかったろう。まぁそれでも冒険小説としての筆致はいつものように冴えている。
今回の主役は戦闘機でもシャトルでもなく、ミル社の大型輸送・攻撃ヘリ「ハインド」。日本ではMGS3で有名になったガラスキャノピーの初期型(A型)ハインドと昆虫の如き凶悪な面構えが特徴のD型ハインドがペアを組んで作戦を行うってところも地味にポイントか。また、最新鋭兵器に対し、全てを失ったガントが反撃のため用意した乗り物が古い複葉機アントノフAn-2*6。ハイテク兵器の激突とは一風変わった追撃部隊との戦いが展開される。またガントを執念で追うものの、やがて党上層部の野望を知ってしまい奔走する羽目になるKGBのブリャービンもいいキャラを出してる。肝心のシャトルに関しては…まぁ普通か。
実際金があってソ連がシャトルを継続運用できたとして、どこまでアメリカに対抗できたかは分からない。小規模人員輸送ならソユーズ、物資ならエネルギアやプロトンがあるし、ソ連にはアメリカに無い自動ドッキング技術もある。そのまま長期滞在技術で火星を目指すなら、ちょっと回り道だったような気もしなくはない。まあ、いずれは大規模物資を地球へ降ろす時代も来るのだろうが、それにはちょっと早かったか。
(ちゃあしう)
*1:先の謎の機体の正体はこれ。小型シャトルとして実用化するのが目的ではなかった
*2:このへんは後に実現することに
*3:旧ソ連がイギリスのハリアー攻撃機に刺激を受け、キエフ級「航空巡洋艦」向けに開発した垂直離着陸機。だがとてもハリアーに航続距離・搭載能力は及ばず、「まともな戦闘機と戦ったら負ける」「ターゲットは対潜哨戒機やヘリ」と陰口をたたかれるほど
*4:主人公は次期月計画用の月着陸訓練をやっていてハリアー搭乗経験がある、という設定。もう何でもアリだな宇宙飛行士って奴は!
*5:ロシアは広いので何処に落ちてもそう問題にはならないのだが、たまに回収地点がずれたりすることはある。前も宇宙飛行士が15Gを体感する羽目になったことがあった