杜の都のSF研日記(アーカイブ)

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シャトル・フィクションズ 第五回 シャトル軍事利用の夢と現実 「シルヴァー・タワー」 「イントレピッド号強奪指令」「キンズマン」

スペースシャトルを巡る物語、今回はシャトルの軍事利用を巡る話を紹介しよう。スペースシャトルの登場で人工衛星の打ち上げだけでなく、その補修や部品交換が行えるようになったことは一方で衛星の大型化*1を生むが、その一方で「宇宙の軍事利用」に大きな可能性を示すことになる。軌道修正が多いため一般に寿命が短い偵察衛星の運用期間をのばし運用コストを下げる、軌道上に大型の拠点を建造する、そしてあわよくば敵国の衛星とランデヴー、これを持ち帰る…。
こんなわけでソ連は当初からスペースシャトルを「宇宙兵器」として見ており、宇宙条約違反だと公然と抗議していたのは有名な話。折しも長期宇宙滞在を可能にした新型オービター「アトランティス」の就役とレーガン大統領による「戦略防衛構想(SDI)」の発表によりシャトルは本格的に軍事利用へと踏み込んでいくように見えた。実際に国防総省が主体となるミッションが複数回行われた事でソ連側は抗議の声を荒げ、かねてよりアメリカに対抗して進めていた弾道ミサイル迎撃用レーザー実験施設「Terra-3」による「攻撃」を決定。STS-41-Gでのシャトル「チャレンジャー」に対して弱出力レーザーの照射が行われ、機器の異常や乗員に不快感が生じたと言われている。つまり、この時期であればいつでも宇宙での米ソ衝突は発生し得た と言えるかもしれない。しかし、その状況はチャレンジャー事故で一変する。
どこぞの宇宙漫画ではパパラッチ達が「シャトルミッションの数割は軍事目的で内容は極秘だ」と宣っていってたが、そんだけ打ち上げる暇がそもそもない罠。小学生ぐらいのときに図書館で読んだ図鑑には、スペースシャトルに戦闘機タイプの酸素マスクを装着したパイロットが乗り、東側の敵性衛星と激しいドッグファイトを繰り広げている(!)謎の一枚絵があったがあれは何処の出版社のだったんだろうか。


なんだかんだでアメリカ空軍は自前の宇宙機を持つことにご執心だった。アポロ11号船長のアームストロングも参加した「X-20ダイナソア」は、ロケットで大気圏上層を飛び強行偵察や爆撃を実行する「軌道に乗らない宇宙船」といった感じの機体だったが、マーキュリー計画もやってんだから我慢しろと中止になった。その後も軍用ジェミニ宇宙船と宇宙ステーションMOLを使う偵察計画などが存在したものの予算は降りず、MOLは結局無人飛行実験にとどまっている。もしソ連との激しい宇宙軍拡が始まっていたとしたら、アトランティス以上の完全な空軍/宇宙軍専用シャトルが飛んでいたかもしれない。え、ドラマ*2や漫画には出てきた?今だってエリア51とかに隠してあって極秘任務を遂行してるかもしれない?そんなもの、現代において誰にも見つからずに隠して打ち上げることなんて今は無理ですよ旦那。


先日打ち上げられた空軍の無人宇宙往還実験機X-37Bは、NASAが捨てた計画の再利用だとされている。打ち上げにはそれまでの衛星打ち上げと何ら変わるところが無いアトラスロケットが使用されているので、「即時打ち上げ即利用」の宇宙機が手に入った!というわけでは決して無い。X-37Bが今更になって開発されている目的に付いては憶測が飛んでいるが、ある専門家は偵察向けの機体と見ている。偵察衛星は撮影目標を変えるたびに軌道修正が必要なうえに飛行高度が低いので高額な衛星を短期間で使い捨てすることになってしまう。昔はドッキングして燃料補給なんてアイデアもあったが、シャトル形式ならばハードウェアの大部分を再利用できるということらしい。中国のメディアなどはX-37Bを中国などに対抗する「宇宙戦闘機」と見ているようだ。自国でも対抗する宇宙戦闘機を開発した!という偽ニュースに引っかかって一喜一憂なんてギャグもあったそうだが*3。どうも一部メディアは、X-37BとDARPAのほかオービタルサイエンスが協力して開発している超高速飛行実験(Falcon HTV)と、それを利用したグローバルストライク構想を勘違いしている可能性がある。一般に「24時間以内に何処でも攻撃できる兵器の開発」というと後者をさすのだが。むろん、グローバルストライク能力には情報収集が重要であり、こういう宇宙機が偵察を行う→超高速ミサイルでピンポイント攻撃、という可能性が無いわけじゃない。ただ、わざわざ地球帰還能力を持った重い機体を使い回して攻撃に使うメリットは無いはず。意外と無駄な研究をやってると見せかけた高度なダミーなのかもしれない。X-37Bに注目されてる間に、別の衛星でもっと高度な実験をやってるとか。そもそも、アメリカはF-15から空中発射する対衛星ミサイルASM-135を持ってたし、今ではイージス艦と弾道弾迎撃ミサイルの組み合わせで低軌道の衛星は撃破できる。それに加え、今では衛星破壊で出るデブリの問題も大きい。レーザーによる非破壊衛星無力化も研究されているし、わざわざドッグファイトをやる宇宙戦闘機を作るメリットは現代においてはないだろう。


閑話休題。今回以降、SDI近辺での軍用シャトルを巡る話を数回に分けて紹介する。今回はアメリカ側。デイル・ブラウン『シルヴァー・タワー』はシャトルと宇宙配備の弾道ミサイル迎撃システムが主役だ。デイル・ブラウンは戦略空軍で爆撃機のレーダー手だったこともあるというが、第一作が魔改造B-52爆撃機メガフォートレス*4、第二作が宇宙とは大きく出たもんだ。


シルヴァー・タワー〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)

シルヴァー・タワー〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)

シルヴァー・タワー〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)

シルヴァー・タワー〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)

アメリカは恒久宇宙ステーション「アームストロング」を建造し、そこでは弾道弾迎撃ミサイルと新型レーザーシステムの実験が進められていた。おりしも発生したチャレンジャー事故により、新型機建造の代わりに正規の宇宙機として改造されて任務に就く「エンタープライズ*5にはレーザー実用化に賭ける一人の女性科学者の姿があった。

これがアメリカ空軍恒久型宇宙ステーション「アームストロング」だ!
そのころソ連はイランから中東支配を目指して、念願だった正規空母を備える機動部隊を派遣しアメリカと対立する。開かれた戦端にアメリカは巨大な宇宙の「眼」としてアームストロングを利用し反撃へと転じようとする。アメリカの好調振りとその要因に気がついたソ連は対衛星ミサイルと小型コスモリョート*6エレクトロン」の攻撃を実行する。

攻撃を受けて損傷したアームストロングから人員は一時撤退する。だがアメリカは切り札であるアームストロングの復旧をあきらめていなかった。建造されたばかりの単段式宇宙往還機、スペースプレーン「アメリカ」を派遣してアームストロングの修理を試みる米軍に対し、宇宙そして地上でソ連側は再び攻勢をかける。米機動部隊へ迫る巡航ミサイルの飽和攻撃、そしてアームストロングへ迫る戦闘宇宙機群。主人公の運命は??
86年のチャレンジャー後を反映し、事故の影響が尾を引いているところがちょっと珍しいSDI系宇宙戦闘ものだが、地上での迫真の戦闘推移も示されている。主人公の出自やレーザーシステム開発への思うところもなかなか興味深い。そして中東をめぐる米ソ対立ではさりげなくステルス攻撃機F-19*7「ナイトホーク」*8なんかも登場する。ソビエト正規空母は当時の限られた情報からか艦載機はSu-24とSu-27。カモノハシ*9実用化前とはいえ僻世の感がある。


一方で、アメリカ側のシャトルソ連が盗み出す、という逆『ファイヤーフォックス*10な話が『イントレピッド号強奪指令』。

イントレピッド号強奪指令〈上〉 (新潮文庫)

イントレピッド号強奪指令〈上〉 (新潮文庫)

イントレピッド号強奪指令〈下〉 (新潮文庫)

イントレピッド号強奪指令〈下〉 (新潮文庫)

ソ連で行われたシャトル打ち上げが2度も失敗。軍は試験機を大気圏から帰還したように「塗装」して米偵察衛星の目をごまかすものの、大気圏突入に失敗してしまった技術の問題はいかんともしがたかった。そこで、一人のスリーパー(工作員)によりSDI技術を搭載したアメリカのスペースシャトル・イントレピッドを強奪、ソ連領内に降ろすという大胆不敵な計画が実行に移される。だが、首尾よく他の乗員を殺害したかに見えたものの、死に際に軌道離脱に使うOMSエンジンが使用不能にされてしまった。これでは、せっかく手に入ったシャトルが帰還できない。ソ連側は支援のためにソユーズ宇宙船を送り込み、軌道離脱を手伝わせようとする。一方アメリカは消息を絶ったシャトルの捜索に使えるものなら何でも使えと地上局だけでなくあのハッブル宇宙望遠鏡まで使用。さらに救援用の予備シャトルだけでなく、「緊急時」に備えシャトルを破壊するためのステルス爆撃機B-2と、極秘に開発されていた完全軍用の宇宙船、宇宙戦闘機「ケストレル」を用意する。
スターリン政権下の呪われた過去からアメリカを憎む凄腕工作員、かつてのライバルがソ連工作員と知り、いらないやる気で暴走する宇宙戦闘機パイロットと付き合わされてしまった相棒、目的が「他国からの物資強奪」ということなのであまり本心では快く思ってないものの、祖国のため仕事を全うしようとするソ連宇宙飛行士、シャトルの緊急打ち上げという情報から何かがあるはずと特ダネに奔走する記者、とテクノロジーだけでなく一癖も二癖もある登場人物もまた特徴的な本作。ソ連領内ぎりぎりまで持ち込まれる虚々実々の米ソ間での駆け引きが魅力的。
ただ、エピローグにソ連側が持ってきた切り札はちょっと今の目から見ると陳腐かもしれない。まぁことの真相が判明したの冷戦後だし。そして同じくエピローグで判明する「冒頭のソ連シャトル事故の真相」がなんとも心苦しい。性を出して宇宙船を作ったソ連の技術者をコケにしやがって!
アメリカが用意した宇宙戦闘機「ケストレル」は、ティップフィンを持ちタイタンロケットで打ち上げられる小型宇宙機。こいつもまたX-20ダイナソアそのもの。搭載火器が「翼の無いベクターノズルとバーニア搭載のサイドワインダーとフェニックス」なのは少し手抜きっぽいと読んだ時は思ってたが、のちに偏向ノズルで軌道修正をする高機動ミサイルAIM-9Xなんてものが実現するとは。現実はフィクションを軽々と(時々)飛び越える。


キンズマン (1981年) (海外SFノヴェルズ)

キンズマン (1981年) (海外SFノヴェルズ)

もうちょっとSF色が強くなる異色作としてはこちら。ベン・ボーヴァ『キンズマン』がある。宇宙飛行士になる事を夢見る主人公キンズマンはアメリカ空軍に志願し、そこから宇宙を目指すという選択を考える。だが、経験なクェーカー教徒である家族は「お前は人殺しを仕事にするのか」と反対する。おれは人殺しにはならない、宇宙に行きたいだけなんだというキンズマンだったが、軍で忙しくて母親の死に目に会えず、父親との亀裂はさらに深まる。
晴れて空軍の宇宙飛行士となって宇宙飛行を経験し、船外活動での先輩の悪戯を機転でかわし、ついには空軍の専用シャトルの座席を獲得するまでになったキンズマン。だが、ソ連の新型軍用衛星打ち上げが彼の運命を変えてし:まう。突如呼び出されたキンズマンに与えられたのは、兵器搭載の可能性もあるその衛星の強行偵察。しかしキンズマンの衛星ランデヴーと時同じくして、ソ連側もさらに追加で宇宙船を打ち上げてきた。にらみ合う両者。そしてついに衝突が発生する。
キンズマンは生還した。互いにあまり事を荒立てたくない米ソ両国は衝突を極秘事項として封印する。しかし、キンズマンは宇宙で初めて「罪」を背負うことになった。彼はやがてその「贖罪」のためにもがき続ける。宇宙への軍拡として反対運動も強い中進められるアメリカのさらなる宇宙計画、月面基地構想。そこに彼は望みを託そうとする。
宇宙へ行く道として「軍」を選んだことによる苦闘を描いた作品。軍隊に入る目的と言えば「金のため」「メシのため」「成績不良のため*11」「楽器演奏のため*12」とか色々あるそうだが、宇宙へ行くために積極的に軍を選んだことによる男の紆余曲折が丁寧に描かれてゆく。実際の軍出身宇宙飛行士の話はもっとアレだそうですが。最初のエピソードがいきなり浣腸検査だからな!
ライディング・ロケット(上) ぶっとび宇宙飛行士、スペースシャトルのすべてを語る

ライディング・ロケット(上) ぶっとび宇宙飛行士、スペースシャトルのすべてを語る

ライディングロケット(下) ぶっとび宇宙飛行士、スペースシャトルのすべてを語る

ライディングロケット(下) ぶっとび宇宙飛行士、スペースシャトルのすべてを語る

この人は視力が低くてパイロットにはなれず、ベトナムでは偵察機RF-4ファントムの後席に座っていたそうで直接的な人殺しの経験は(おそらく)ないだろう。でも、軍出身者と民間人出身者ではやはり考え方は大きく異なるわけで、ソ連改めロシアとの共同ミッションが早い時期に提案された時も軍出身者はベトナムなどで血を流して実際に共産主義陣営と戦ってきたことから反感は大きかったという。
80年代以降、アメリカとの軍拡競争に「疲れた」ソ連は融和の道を歩んでいった。そして「宇宙軍」のような組織は発展することはなく、米ソ冷戦も平穏無事に終了したためこういった人々が宇宙で戦う必要性もなくなった。その一方で宇宙開発の進行スピードはかつて予測されたほどではないという21世紀の現在。キンズマンのような悩みを抱える必要がなくなったことを喜ぶべきか憂うべきか。


『キンズマン』の存在を知ったのはこちらのサイトから。
>Manuke Station : SF Review 「キンズマン」
http://manuke.seesaa.net/article/159362229.html
ハードルが高いと思われがちな海外SFを毎回一冊ずつ取り上げて色々紹介してくれる良サイト。


次回も宇宙軍事ものをあつかう予定。今度はアカい国メインでいってみよう。
(ちゃあしう)

*1:プラットフォーム化 日本もその流れに乗ったが、今では中型小型衛星の多数打ち上げにシフトしている

*2:ホワイトハウス』ではISSの事故で閉じ込められた乗員を救出するために軍が秘匿していたシャトルを使って政治問題になるというエピソードがある。現実世界だとどうだろう。政治的ダメージを気にして救出を断念するのは『宇宙からの脱出』のように難しいかも?

*3:中国国内では数年前から爆撃機から小型の有翼滑空機を投下する実験が繰り返されている。この実験機を形状が似ているからX-37の対抗機と勘違いしたらしい。

*4:SST風の機首に始まりステルス化・回転式ランチャー・対空機雷・対空ミサイルとやりたい放題。シリーズ最新作ではレーザーや無人機の指揮能力まであるそうだ。

*5:現実には新型オービター「エンデバー」が建造されたため、トレッキーの夢「エンタープライズ宇宙へ行く」はかなわず

*6:ソ連側の「スペースシャトル」に相当する呼び名

*7:F-13は縁起が悪そうだが、そういうジンクスの無いF/A-18ホーネットとF-5G/F-20タイガーシャークの間のF-19がなかったため、当時「新型ステルス機の型番はF-19」といううわさが流れ、リーク情報で作ったという設定のイタレリ「F-19ステルス」のプラモが売れに売れた。

*8:型番はともかく、愛称はなぜかあっている。この人のことだからドリームランドの関係者から聞いたんだろうか

*9:Su-24フェンサーの後継はSu-27フランカーベースのSu-34となる予定

*10:クレイグ・トーマスの成功後、このたぐいの話は定番と化している。デイル・ブラウンの『戦闘機チーターの出撃』『幻影のエアフォース』、映画『インターセプター』、ゴルゴ13『見えない翼』etc...

*11:王立宇宙軍 オネアミスの翼」 あの世界では軍としての立場は最も弱い。

*12:そらおん!ソラノオト