杜の都のSF研日記(アーカイブ)

旧「杜の都のSF研日記」http://d.hatena.ne.jp/sftonnpei/ 内容を保管しております

ピーター・ジャクソン&ニール・ブロンカンプ「第9地区」

「お前は人間は殺さないと言ったはずだが。」
「あっちが撃ってきたんだ!正当防衛だ!」

エイリアンの乗った宇宙船が南アフリカ共和国ヨハネブルグ上空に停止して20年。中にいたのは彼らの社会で働きバチに相当する頭の悪くて繁殖率の高い昆虫型エイリアン、蔑称「エビ」。政府は彼らを"District 9"「第9地区」に住まわせて様子を見ようとしたが、繁殖率の高い彼らはあちこちでトラブルを起こしていた。手を焼いた政府は管理を大企業MNUに委託。新設された居住区「第10地区」へ移動させようとする。
主人公ヴィカスはMNUのエイリアン課の責任者。会長の一人娘を奥さんに迎え、順調「のような」人生を歩んでいる普通のおっさん。彼はこの移送作戦の指揮を任されることになり、法律上の建て前で「強制執行24時間前にサインをもらう」というポーズだけだが危険極まりない作戦のため、完全武装の傭兵もとい社員たちを連れて第9地区へと進入する。しかし一軒のエイリアンの家で見つけた怪しい液体を浴びてしまったことから彼の運命は狂ってしまう。


地球人類を「我が宗教の冒涜」とみなし襲ってくる宇宙人連合コヴナントを撃って殴って吹き飛ばすサイボーグ宇宙英雄マスターチーフの活躍を描いた世界で2700万本を超える大ヒットゲーム(ただし日本を除く)「HALO」の映画化企画が予算の交渉で流れてしまい、代わりにブロンカンプが昔作った短編映画をベースに好きにやってみようということで制作されたのが本作。おかげでこのクラスのSF映画としては破格の3千万ドルで制作されている。シリーズ後半には共闘もあるが、基本宇宙人は皆殺しだぁ!というゲーム企画がこうも入り組んだ「エイリアン」映画となったのは、やはりブロンカンプが「死にたがりにお勧めの」ヨハネスブルグ出身であることと無縁ではないだろう。かの国のかつての差別は「職に就けない」なんてレベルでは無かったのだ。
元になった短編映画「Alive in Joberg」では本編で披露したあの能力も見られる。


オープニングから世界背景の紹介と人物紹介をはさむが、典型的玉の輿人生を歩み、ほかの社員同様にエイリアンを頭の悪いエビ野郎と罵り、お役所業務のような型にはまった対応でエイリアンにサインをさせ、卵を見れば「中絶だ」と栄養チューブを引っこ抜いて焼き払っちゃうチョイ悪どころでない腹黒さを見せる主人公ヴィカス。差別している人間はそれを差別だと思っていないし、それによって生じる行動にまったく興味を持たない。追われる立場になっても自分本位なところがまるで変わってないあたりまぁ、一般的な人間はこんなものかと思ってしまう…が、それはある瞬間に一変する。


宇宙人を描くなんて絵空事で妄想してる云々とうるさい人も世の中にはいるが、実のところSFにおける異星人とは「他者」のメタファーそのものである。そして、本作が異星人を通して浮かび上がらせるのは南アフリカ共和国が抱えて来た、そして今も影を落としている暗部「アパルトヘイト政策」だ。

もともと「エイリアンAlien」という言葉が「異星人」のほかに「外国人」を表していたのだから異星人が登場するドラマは必然的にその国の外国人事情を表現しているともいえる。


新世紀の「エイリアン・ネイション」 第9地区小覇王の徒然はてな別館」

http://d.hatena.ne.jp/susahadeth52623/20100416/1271402480

この見方は非常に重要だ。これを真面目にやってる日本の作品って実はあんまり無かったりする。思い出す限りでは(外国人、と書くと語弊はあるけれど)「帰ってきたウルトラマン*1ぐらいじゃないだろうか。こんな差別はないねー日本はいいねーなどという見方は間違ってもしないように。日本は逆の意味で、被差別者から引き籠っている「逆第9地区」みたいなものなのだということをお忘れなきよう。


南アフリカ共和国の現状については最近だとこういう記事があったので紹介しておこう。何はともあれ、今から時計の針を戻すことは出来ないし、住む場所を選べない人がいることは確かである。かのエイリアンたちが第9地区に住まざるを得ないように。

前半は「人間のエイリアンに対する行動」を通して過去と現在のアフリカをドキュメンタリー風に。そして中盤はそんな現状を立場が逆転して初めて知った男の葛藤がエイリアンとともに描かれる。管理を担当するMNUなんて「武器を作る」軍需産業と「人材派遣」民間軍事会社を両立しちゃった現代の縮図である。伊藤計劃氏なら何と評しただろうか。後半は怒涛のドンパチでそれまでの「監視カメラ画像」などが減り社会派テイストは影が薄くなるが、ラストを含めて何かと対比される「アバター」と比べると、持って行き方ではやはりこっちに軍配が上がる。ブロンカンプがテーマにすることが多い「ハイテクと廃墟」の組み合わせがジャクソンの悪趣味と融合し、南アフリカ共和国という「特異」な国が生み出した空気・人々・そして武器たちが存在感を持って現れる。そして、あえてずらした最後のシーンもまた感動を誘う。内容は全く別物なのでHaloは知らんと言う方も安心して見ていただきたい。まぁ、ただメシとの相性は最悪なので先に食ってから見るのはお勧めできない気がする。


これ以降ネタバレ


宇宙船の燃料がなんで変異につながるのかが説明されなかったがどうなっているのだろう。クリストファーが「我々のテクノロジーは液体だ」と言ってるので、一種のナノマシンの集合体かと思ったがそうでもなさそうだ。まぁ、生体由来の燃料*2なんて人間も毎日使ってるし、その一部が強力な反応を起こす…ということもなくはないのかもしれない。まぁマクガフィンっぽくて特に設定も何もないのかもしれないので自分の憶測だが。


登場する人間がことごとく悪い奴ばっかりだが、それゆえに20年間耐えがたきを耐え部品だなんだを集めていた「知能エビ」の生き残り、クリストファー君と子エイリアンが魅力的。当初はキモく見える彼らのほうに愛着がわいてくる。表情が読めないからこそできる表現もいくつか。いったんは宇宙へ帰る計画をあきらめて、「俺たちが行く惑星はここしかないのだ」とMNUの第10地区のパンフを指差すシーンなどは涙を誘うし、ヴィカスの危機にここぞと活躍する子エイリアンが非常に頼もしい。しかし他のエビたちのだらしないことだらしないこと。「猫缶1万個でどうだ」「100缶相当だな」「いますぐくれるのか?じゃあ100缶だ」「取引成立だな」 …半端無くボられてるぞ! まったく知能が無いわけじゃないようだが、奴らの母星ではどうやってコントロールしていたんだろうか。実は洗脳装置の類があるのか、それとも猫缶よりウマい好物でも用意していたのか。まぁ、ラストでは助けてくれたので、仲間意識というものはあるみたいだ。

その他

人類のテクノロジーを無礼るな!

マニアなら気になっちゃう現用武器のリストに関してはこちらなんかが詳しい。お馴染みの武器もあるが、場所が場所ゆえに進化してきた南アフリカのファイアアームズは非常に独特だ。ブルパップガリルがベースの*3のヴェクターCR-21なんて白いフレームだとまったく印象が変わる。

中でもパワードスーツにサシで対抗し、一番存在感があった20mm対物ライフル「NTW-20」のプロモがこちら。



Haloで使われるスナイパーライフルSRS99D-S2 AMのモデルとも言われるそうで、たしかにハンドル周りが近い気もする。他作品でもサイボーグを撃ったりしてるそうだ。動画中の車や鉄筋コンクリートの穴を見ると、あれで行動不能に陥らないエイリアンテクノロジーって一体…

死因はブタ

パワードスーツが披露する能力は当たれば衝撃波でも腕を吹っ飛ばされる超電磁砲「のようなもの」、当たれば爆ぜるビーム兵器と推測されるもの、さらには板野サーカスっぽいものと多岐にわたるが、大爆笑してしまうのが敵の弾丸キャッチと高速ブタ発射シーン。MNUも遺族になんて説明したのやら。この描写は近年ゲーム内の物理演算が高度になる中でよく登場するようになった「物をつかみ上げて放り投げることができる」銃や能力を模したものだろう。これを使えば、弾切れの心配無くドラム缶から自動車、敵の死体まであらゆるものを武器に変えることが可能だ。「ハーフライフ2」の「グラビティガン(重力銃/零点エネルギー銃)」がお馴染みだが、「デストロイオールヒューマンズ」のサイコキネシス、「BIOSHOCK」のテレキネシス、「FALLOUT 3」のロックit!ランチャー*4にも近いかもしれない。
あと、さりげないが非常に重要なRPG-7キャッチ*5も芸コマ。主人公の決意と、そのために行使する「人外」な力の象徴と言えるのでは。

「俺抜きじゃ始まらねぇってのか?」

残念、軍曹の出番はないです。
先の重力銃を始め「ハーフライフ」や「F.E.A.R.」っぽいグロさ・エイリアン兵器試験場・第9地区の造詣等FPSマニアが泣いて喜ぶシーンはたくさんあったが、「HALO」企画の名残はちょっとだけ。MNU襲撃後の追撃シーンなんかは「Landfall*6なんかとカメラワークが似てるのであれをワートホグにしてみれば…(無理矢理) よーくパワードスーツを見ると、骨格構造を含めて文字通りエイリアンの「相似拡大」だが、顎が中身より長い感じがするがちょっとエリートっぽいのは気のせいか。MNUボディーアーマーはデザイン画だとかなりスタイリッシュで、ちょっとUNSCのものっぽいかもしれない。あと、オレンジと白のコントラストが映えるエイリアンウェポンは類似例はないが「シンプル過ぎず、ゴテゴテし過ぎず」で非常にカッコいい。未来っぽい物を作ろうとして線を減らしすぎるとカッコ悪くなるのはありがちだが、そこのバランスがいい感じ。

ナイジェリアから来た手紙ギャング

エイリアン相手に詐欺だの売春だの挙句の果てに食人もとい「食エイリアン」をやらかしているナイジェリアギャング団。本国ではあんまりだということで上映禁止処分を食らったとか。しかし、ナイジェリアではこういうことも起きている

地元の民間伝承が福音派キリスト教の教えと悪魔合体して「魔女狩り」が発生しており、多数の子供が殺害されているという衝撃的なレポート。また、「アルビノの黒人の体は病気に役立つ/儀式で使うと効果的」という迷信がタンザニアなどを中心にあり、惨殺されて食われる事件もかつて発生したことがある

先に紹介した南アフリカ事情でも、「“ミューティ(呪術)の道具用に体の一部を売られる」ということがあると書かれている。このへんがナイジェリアギャングのもとなのだろう。…まぁ、でもあえて国名を出す必要はなかったんじゃ?と言いたいところだが、アフリカ各国で「凄い」悪さをしているナイジェリア人は非実在どころかたくさんいるそうである。うむむ。根は深い。
(ちゃあしう)

*1:他の人も挙げているが「怪獣使いと少年」とか。本作は在日朝鮮人や沖縄の人々に対するいわれなき差別を下敷きにしている。

*2:神林長平では「今宵銀河を杯にして」「麦撃」と使われたネタ。元はと言えば太古の生物の死体である石油を使う人類を「信じられん」「気持ち悪い」と断罪する異星人はいるかもしれない

*3:つまり、元はナイジェリアギャングが抱えてるAK-47など同じということ… と書いてたら、先のサイトによるとガリルの改造型にそれっぽいパーツを付けてデッチ上げてるそうだ この種の映画では逆に珍しいのでは?

*4:落ち葉を吹き飛ばすリーフブロワーと掃除機を合体させ、空気圧でゴミを撃ちだす手作り火器。そこらの空き缶だろうとテディベアだろうと使用できるくせに殺傷能力がある謎兵器。

*5:某漫画では生身の人間がやってるそうだが、信管を避けて弾頭キャッチなんてまず無理だろう常考。ヴィカスは横から弾頭〜安定翼の部分をキャッチしたように見える。

*6:Halo3のプロモとして作られた実写&CG作品。http://www.youtube.com/watch?v=hL73Yf14WQY 同じくブロムカンプが担当している。