杜の都のSF研日記(アーカイブ)

旧「杜の都のSF研日記」http://d.hatena.ne.jp/sftonnpei/ 内容を保管しております

ザック・スナイダー「ウォッチメン」

"You killed million!!"

"To save billion."

ちょっとうろ覚え
前回のエントリ後http://d.hatena.ne.jp/sftonnpei/20090317#1237304231 ザック・スナイダーによる映画の方も見に行ったのでメモアンド補足

時代背景の整理

ウォッチメンというのはあくまで蔑称。いうなれば警察に対する「マッパ」や「ポリ公」に相当する言葉である*1。かつてアメリカは自由の国と呼ばれ、多くの人々が新天地での成功を夢見て新大陸を踏んだ。覆面で悪事をなし、素性を隠し、法で裁けぬ犯罪者に断罪を、という思いで自ら立ち上がった人々が本世界におけるヒーロー・自警団(ヴィジランティ)である。ちなみにヒーローを目指す人は(よく考えれば当然だが)ちょっと右翼っぽい人が多い


そして時代は流れ、第二次大戦が終了。枢軸国との戦いが終わり、人類はついに核エネルギーを手に入れる。神のごとき力の一端をアメリカは手にしたその瞬間から、アメリカは「自由の庇護者」「世界の警察官」としての役割を否応なく担うことになる。このあたりからヒーローの在り方は変わり始める。そして世界唯一の超人、Dr.マンハッタンが「偶然に」誕生したことで登場で完全に変わる

Dr.マンハッタン登場を伝える当時のニュース映像*2


米ソの軍事バランスすら揺るがしかねない人間の規格外の人間の登場でアメリカは沸き、一時彼をヒーローとして犯罪退治に投入する。しかしヒーローの存在を公で認めることは法律破りを国が自分で認めることでもある。昔からの治安の守護者であった警察によるスト、それに起因する社会不安がアメリカを覆い、ベトナムで勝ったにもかかわらずアメリカは騒乱状態に陥る。その中でヴィジランティたちはその活動を規制されることとなった。上院議員ジョン・キーンらが提出した通称キーン条例でヒーローたちは「国益にかなう者」を除いて違法とされた。

キーン条例施行を伝える政府広報


こうして「妥協を許さぬ」一人の男、ロールシャッハだけが条例破りを承知の上で街で悪党ボコる活動を続けている一方、マンハッタン登場以来くすぶり続ける米ソの対立が臨界点にあり、いつ熱核戦争が起きてもおかしくない瀬戸際にあるという時点で話がスタートする という流れ。


2chでよく貼ってあるが、あの世界における力関係は
Dr.マンハッタン>>>>超人の壁>>>>オジマンディアス>>>>天才の壁>>>>その他のヒーロー>>>>技術経験訓練才能の壁>>>>一般人
その他のヒーローの時点でバキの登場人物クラス、オジマンディアスがその天才的頭脳により肉体の能力を引き出した人間が到達しうる最高スペック、マンハッタンは人間を唯一「超越」しており物理法則すら捻じ曲げかねない というところ。

必見のOPタイトル

開始3分で始まる人外バトル。しかもBGMがTVから流れるナット・キング・コールの「アンフォゲタブル」。そしてそのメロディの終わりとともに転落していくコメディアンとスマイルマークにズームしていったところで画面はボブ・ディラン「時代は変わる」をベースに流れるオープニングタイトルへと切り替わる。これが内容が濃い。これだけでも価値がある。
>CIA☆こちら映画中央情報局です:ケネディ大統領暗殺の真犯人の正体を明かしている「ウォッチメン」の冒頭5分半の珠玉のオープニング・タイトルをご覧ください!!
http://blog.livedoor.jp/hirobillyssk/archives/1378774.html
元サイト
http://www.movieweb.com/video/VIohvvttMb7nrt


・ナイトオウル ここではなぜか右手*3 後ろのポスターは当時のコミック「バットマン
 オペラハウスを出てきた二人を襲う強盗 という構図はずばり…
・シルクスペクター 警察官の目線が胸を向いていてやらしい
・コメディアン登場 ちょっと若造には見えないのが玉に瑕
・初代「ミニッツメン」大集合(ここでタイトル挿入) 当時手に入る素材で再現したそうな
 左後ろからシルエット・モスマン・ダラービル・初代ナイトオウル・キャプテンメトロポリス・シルクスペクター・フーデッドジャスティス 前にいるのがコメディアン
・広島*4原爆投下 投下したB-29は名前が「ミス・ジュピター」、エンブレムが初代シルクスペクターになっている
・タイム誌を飾った太平洋戦争終結で喜ぶカップルの写真「Victory kiss」の相手がシルエット&看護婦に
 実際の写真の二人は恋人でもなんでもなくただすれ違っただけ。
・ダラー・ビル殉職 *5 だからマントはやめておけと
・シルク・スペクター妊娠のためもあってか引退 このとき実名も公表 モチーフは絵画「最後の晩餐」
モスマン病院送りになる(赤狩りでの友人投獄、それにより周りから受けた仕打ちが影響 その後精神病院で死去)
・シルエット引退後恋人ともども殺害さる(引退理由も殺害理由も同性愛が非難を浴びたため) 壁の血文字は「レズの娼婦め!」
・少年時代のロールシャッハ 新聞記事は「ソ連も原爆を開発」 
ケネディと面会するDr.マンハッタン
ケネディ暗殺事件 あれ?何か見覚えのあるような顔が…
 ちなみにケネディ暗殺マニアを呼んで撮影したというシーンは記録映像と寸分違わない 恐るべし
(追記)
 ケネディ暗殺マニアにとっては常識なのかもしれないが、あの男がいるのはgrassy knoll(日本語でよく言われるのは「グラシノールの丘」)
 周辺の建造物>http://en.wikipedia.org/wiki/Dealey_Plaza
 オズワルドは進行方向後ろの教科書ビルから撃ったというのが定説になっているが、一方で進行方向右前方のここから撃ったという意見も根強い。
 目撃者の一人 メアリー・モーマン(進行方向左後方にいた)の撮影した「モーマン写真」なんかを調べてみると、マズルフラッシュのような物と男のようなものが映っている。
 この世界「でも」オズワルドは捨て石?


・サリー宅での口論 少女は二代目 TVニュースはベトナム戦争激化 アメリカ大使館前で焼身自殺を図る仏教僧
ロールシャッハ活動開始 独特のマークが残される このころはまだ優しかった(はず)
赤の広場前の軍事パレードにて ICBMの列 核軍拡競争の激化 フルシチョフブレジネフ?*6カストロ 
・マルク・リブー撮影の「銃剣に花を捧げる少女」*7
 写真の元ネタはペンタゴン前のものだが、反戦デモに対する発砲は実際には別の事例(1970年オハイオ州ケント州立大学で反戦デモに州兵が発砲 4人の死者を出す)
・ナイトオウル(デザインは二世)を描くアンディ・ウォーホル 裸のにーちゃんが横切ったりする
アポロ11号の月着陸 船長のヘルメットに写り込んでいるのはDr.マンハッタン。マンハッタンなら「着陸船をかかえてワープで余裕でした」とかなりそうでアポロ計画の意義が・・・
 「幸運を祈る Mr.ゴルスキー」はアポロ11号にまつわる下品なジョーク*8から。ただしアームストロングは実際の月着陸ではそんなことを言ってないので念のため
 なお原作だとバクスターのロケットパンク作品ばりに月は西側の軍事基地化されているそうな 恐ろしや
・オジマンディアス、NYのスタジオ54に登場 ミック・ジャガーデビッド・ボウイ(一応そっくりさん)と握手
・新時代ヒーローチーム「ウォッチメン」の(前よりちょっと寂しい)集合写真撮影 前はマスコミだったが今回は自分たちで撮影しているのがポイント
ニクソン三選のニュースとヒーロー抗議デモ


そういえばスポットCMでは「なぜヒーローが殺されるのか」というナレーションの所でダラー・ビルが死んでて吹いた。お前オープニングにしか出てこねぇだろ!!!!

映画のまとめ

映画は160分だが、その中にあれだけのエピソードを詰め込むのはやっぱり難しいわけでばっさり削ったもの、わかりやすく整理したもの、大きく変化させたものがそれぞれ存在する。原作では一章=一キャラだったことを考えるとまぁ苦労したんだろうなと分かる。ダブルオーが色々やったくせに曖昧にしちゃったところにも原作どおりに踏み込んでいる(そのうちまとめる)。
アクションは300譲りのスロモ利用によるきびきびした動きで飽きさせない。ただし「音」にこだわってるせいか非常に痛そう というか見てるこっちまで痛みを感じてくる。エグいシーンも多い。
一方音楽の使い方がヒジョーにベタ。まぁこれは原作が「ベタなヒーローものを土台とした脱構築」なのである意味で正しいのかも。コメディアンの葬式でサウンド・オブ・サイレンスとか狙いすぎてるよな*9
原作にあった海賊漫画&初代ナイトオウルによる自伝「仮面の下で」の偽ドキュメンタリーが既に完成していて、アメリカではさらにディレクターズカット版で映画本編が4時間以上になるバージョンが準備中*10だという。日本でも全揃いバージョンで発売されることはあるんだろうか…??
…そろそろ通常DVDでは出ないかも というのが心配

小ネタ

・ニュースでDr.マンハッタンを「ヒーローは実在します。しかも彼はアメリカ人です」 と言っていたキャスターが当時思い出しながら「本当は『神は実在します』って言いたかったんだ」と言ってるあたりはかのガガーリンの「地球は青かった でも神はいなかった」に引っ掛けてるか?
・ハメられたロールシャッハの取り乱しっぷり「No, no, no, noooooooooo!!!!!!」がかわいい
何気に敵に吹っ飛ばされた後も帽子だけは律儀に拾い直していたりする

*1:と書いていたが、映画版では1940年代に発足したヒーロー連合チームを「ミニッツメン」、70年代に発足した新世代ヒーロー連合チームを「ウォッチメン」と言っている 某ジャスティスリーグとかに相当

*2:クローバーフィールド以来よくある偽記録映像宣伝 下も同じ

*3:キャプテンアキスは「左フック」でKOしたらしいのだが

*4:地形からすると間違いないだろう 飛行ルートが北からなのかは微妙に不明だが

*5:1930年代に初代ミニッツメンのメンバーとして活躍した愛国覆面ヒーロー。スポンサーは銀行で銀行強盗退治がメイン。デザイナー任せのコスチュームが仇となり、回転扉にマントが引っ掛かって身動きとれなかった所を銃撃された本世界唯一の殉職ヒーロー

*6:眉毛が濃く、歴史改変が無ければ任期から我らがイリイチ君となりそう。ただ、帽子のため「つるふさの法則」が適用できない。

*7:実際の写真の女性は仲間に誘われて偶然参加していただけで、その後ヤクやったりと堕落した生活を送ったそうな

*8:少年時代のニールが隣人ゴルスキー夫婦の会話「<<自主規制>>したい?隣の坊やが月にでも行くようになってからね」を聞いたことから月面で発した台詞とされる が、そもそもそんな台詞を発したという記録が無い。

*9:ケネディとの関連を考えてみよう …ここ笑うところじゃないぞ

*10:映画ではNY襲撃くらいでしか出番のなかった新聞スタンドの人たちの出番も倍増するらしい