杜の都のSF研日記(アーカイブ)

旧「杜の都のSF研日記」http://d.hatena.ne.jp/sftonnpei/ 内容を保管しております

S・L・トンプスン「A-10奪還チーム出動せよ」

新刊も読まずに古典で安心してるようじゃ駄目だと思いつつ出ちゃたんだから(そして名作なんだから)紹介せざるを得ない
というわけで今年の「強い」物語の目玉

背後に迫った車がメルセデスであることを、マックスは確認した。450だな、と思ってから、こんな危機の瞬間にも無意識に車の型式を当てようとしている自分に腹が立った。
(中略)
打つべき手は一つしかなかった。赤土で蔽われたアーカンソーの田舎サーキットで覚えたえげつないテクニックだが、もはやそれに頼るしかなかった。


A‐10奪還チーム 出動せよ (新潮文庫)

A‐10奪還チーム 出動せよ (新潮文庫)

A‐10奪還チーム出動せよ (ハヤカワ文庫 NV ト)

A‐10奪還チーム出動せよ (ハヤカワ文庫 NV ト)

旧版の表紙のおかげで他の飛行機は「エフジュウゴ」とか「ナナヨンナナ」と呼ぶのに、A-10だけは「エーテン」って呼んじゃうんだな。そのほうがカッコいいっしょ。


脳波で兵器管制と操縦が可能なA-10サンダーボルトII攻撃機の最新鋭改良型・A-10FがNATO軍の演習に参加中、スパイからの情報で待ち伏せしていたミグ戦闘機編隊の迎撃を受けて東ドイツ側に不時着する。画期的新技術を東側に渡すわけにはいかない。引っ張り出されたのは「東ベルリンのアメリカ軍駐在地」という特殊な職場に赴任したレーサー上がりの新人マックス・モス。システム中枢部、コードネーム「ジーザズ・ボックス」奪還を命じられたマックスは極秘器材・現地の知り合いに託された少女そして瀕死の重傷を負った同僚を乗せて東ベルリンの街を突っ走る!頼りになる相棒は500馬力までフルチューンされた5000ccV8搭載のフォード・フェアモント。VOPO(ヴォポ 東ドイツ人民警察)のBMWメルセデスソ連軍の装甲車に戦車、そしてKGBのMil-24”ハインド”攻撃ヘリによる非常線と追尾を振り切り、果たして彼らは東ドイツ国内唯一の安全地帯、ポツダムの軍事連絡所へ逃げきることができるのか?!


東ベルリンのポツダムにかつて存在したアメリカ軍事連絡部、そこには米軍の連絡将校だけでなく、東側との最前線で情報を収集する部隊がいた。そんな彼ら「ベルリン・パトロール」の存在は1985年3月にソ連戦車の情報収集中に米軍将校が射殺される事件で明るみとなる。そしてドイツ統合後は、東側秘密警察の資料からもアメリカとの壮絶ないたちごっこの記録が発見されているという。しかし彼らの任務はそれだけではなかったというのが本作の設定。万が一、東側の手に落ちそうになった西側の情報&ヒトを回収する極秘部隊の存在である。東ドイツで何かがあればダイアルRで駆け付ける、モンスターカーのプロフェッショナル達。名付けて"RECOVERY TEAM"こと「奪還チーム」!「アンドロメダ病原体」に出てきた「西欧駐留の一個空挺師団」も同じような目的で存在したんだったっけか?*1

笠原俊夫のマンガ「レッズ・イン・ブルー」でもあわや大韓航空機事件の二の舞*2を防いだ主人公たちが東側に不時着。民主化運動の協力者&軍事連絡部の力を借りて西ベルリンに脱出する話がある。東西の最前線では一歩間違えばすぐに命を失う。そんなことが普通だったのだ*3

レッズ・イン・ブルー (ボム・コミックス)

レッズ・イン・ブルー (ボム・コミックス)


劇中のA-10Fの活躍はもはやSF。スパローミサイル*4を搭載し、フォックスバット4機を手玉に取る活躍を見せる。ファイヤーフォックスもかくやの脳波操縦システム搭載なので、A-10「らしくない」戦い方なのはしょうがあるまい。でもよく考えると「速いだけが取り柄の迎撃戦闘機VS撃たれ強さに定評のある重攻撃機」、ガチ勝負でどっちが強いかと聞かれると戦う土俵次第だろう。MIG-25はすわ宇宙の成層圏が活動域 サンダーボルトは天気が悪いヨーロッパの超低空がターゲット。MIG-25のとくに初期型はミサイルしか積んでいない、A-10はミサイルはオマケ程度だが機関砲が鬼強力。MIG-25は上昇記録のレコードホルダーでマッハ3以上で飛ぶ一本槍、A-10はあのルーデル*5監修協力で作られた空飛ぶ重戦車。「やってみないと分からない」が果たして?


何はともあれ、男と男の意地のぶつかり合い、メカの咆哮、そして絶えず変化する緊張感が話を加速する。レーサー出身で軍事のことも地理もからっきしだというのにまさかの事態に巻き込まれたマックス。だが、知り合いに託された新たなる目標に奮起し、再びポツダムを目指す。それに対し色々と首やらメンツがかかってる人民警察とソ連軍は互いにネチネチ足を引っ張りながらも包囲網を狭めていく。頼れるのはクルマと己の”デイトナ大学”仕込みのテクニック。迷宮都市をメカと男&女が一体になって突破する現代冒険小説。東西冷戦ものなんて という方も(いちおう前提知識は必要であるが)ぜひ読んでもらいたい。むろん戦闘機やクルマだけではない。スチェッキン*6が種々の作品に先駆けて登場しているぞ。でも「周りの安全」を確認してからトリガに指をかけた方がよいですなぁ、同志シュタッヘル。


そういえば007「オクトパシー」ではすわ「第四の核」か?というテロ計画を追ってボンドが東西ドイツをまたぐ追撃戦があるが、「奪還チーム」に登場した逃走方法と非常に良く似たシーンがある。こちらは80年、オクトパシーは83年なのでもちろんこっちが早いわけだが。「奪還チーム」自体の映画化?んー、そんな話は聞いたことが無いなぁ(棒読み)*7
>In This Arms: 「A-10奪還チーム出動せよ」
http://yossi.seesaa.net/article/12779396.html
歴史的背景や、Google Earthでたどるマックスたちの逃走経路など。実は自分はこのサイトを見るまでフェアモントがどういう車かイメージがつかなかった悪い男だったり。



こんなものを発見。ご、豪華だ・・・ あと、OFP(Operation Flashpoint)で似たようなものを再現しようとしたのは自分だけじゃない筈。追跡アルゴリズムとヘリの調整で断念したが。でもミサイル&ロケットさえ撃たれなければ機関砲がギリギリで当たらなかったりして結構面白いことになる。


今後刊行されるかは不明だが、続編についても紹介しておこう

「サムソン奪還指令」

米国の新型スパイ衛星サムソンが撮影した極秘情報「ソ連の中国侵攻準備」は米ソどちらにとっても「不都合」な情報だった。情報抹消を図る米ソ両国は片や殺し屋で米空軍の衛星関係者を狙い、方やキラー衛星でサムソンの破壊を狙う。サムソンはソ連のキラー衛星との激しい交戦の末損傷し、フィルムの入ったカプセルを地球へ降下させる。そんな裏の事情を知らず、東側へと落下したカプセルの回収に向かったモスの前に史上最悪の敵が立ちふさがる。ひとつは東西国境地雷原。そしてもうひとつは…

普通なら敵に回しちゃいけないあんな人物がまさか敵に回る。流石にこれはビビる。サスペンス部分も強化された感。今回の主役メカはチェロキーの4WD。表紙で思いッきり吹き飛ばされているように見えるのは気のせいだ

「鉄血作戦を阻止せよ」

高性能レーダーにより航空管制はもとより戦場すべての地上部隊の動きすらも捕捉可能な新型早期警戒管制機、E-3G*8、そして東西ドイツの最新鋭戦略ミサイル基地が突如決起した東西ドイツ軍両軍の兵士により占拠される。彼らの目的はずばり東西ドイツの統一。そして彼らは全NATOワルシャワ条約機構軍に対し要求する。24時間以内にすべての装備を放棄し、ドイツ国内より退去せよ!監視将校(兼ほぼ人質)として東ドイツのミサイル基地へ向かったNATO軍とソ連軍将校たちの中に、あのマックス・モスもいた。強力な「目」により空からも地上からも手が出せない両軍に打つ手はあるのか?ひょんなことから重要情報を握って脱出に成功したモスたちは車両の中に搭載されていた「秘密兵器」で味方への合流を図る。
車はちょっと影が薄くなったかもしれないが、事件の規模は最大の第三作。秘密兵器の正体を知って「サンダーバード6号」を思い出したのは自分だけでいい(え、ネタバレ?)。あと、ソ連側の隠し玉はそれとは(そしてA-10Fとも)正反対で対照的*9

「上空からの脅迫」

緊張感溢れる仕事から足を洗ったマックスはアメリカにもどっていた。好きな車の仕事で骨を休めるはずだった彼に、今度は行方不明になった核弾頭がアメリカ国内に持ち込まれたらしいという不穏な情報と捜索依頼が出る。クルマ描写でなにかと人気だった日本ファン向けの書き下ろし作品だそうだ。それゆえ物語スケールなんかはこれまでと趣を異にするがクルマに関しては負けず劣らず趣味の世界を突っ走っている。


新潮は本作とか「シャドー81」とか海外冒険物の良作出してたのに最近切りすぎ。…あれか、カッスラーが最近スカりだしたから見切りをつけたのか。そう言ってる間にカッスラーも出版社が移動してるけどな。なんにせよ、そういうのをサルベージしてくるハヤカワ。色々分かっていて期待が持てる。これからも頑張ってくれー
(ちゃあしう)

*1:クライトンは平気で嘘つくから信じるなよ<俺

*2:ロックバンドのツアー専用機がNATOの訓練区域を突っ切ったためECMで誘導装置を焼かれてチェコ領空に侵入してしまい、主人公たちは非武装の練習機で迎撃に上がってきたミグと交戦するハメになる

*3:つか、査問会での台詞なんかを見れば結構まんまではある。ただし、最後の脱出に使う乗物がかなりマニアックで、そういうところは「航空漫画の人」の面目躍如というところ

*4:実際のA-10はAIM-9サイドワインダーの搭載がせいぜい。湾岸戦争でヘリ撃墜記録があるが、これは主兵装のGAU-8Aアベンジャー30ミリガトリング砲によるもの。

*5:アンサイクロペディア該当記事に詳しいのであえて説明する必要はあるまい

*6:新潮版では「シュテフキン」 ロシア製フルオートマチック拳銃 今は某姉御の愛銃で有名か

*7:1988年 「HONOR BOUND(バニシング・シティ)」のタイトルで制作されたそうだが、ソ連基地侵入とかみみっちい話のようだ 日本未公開なのも納得か でもトンプスンの名はちゃんとクレジットされている

*8:似た機能はE-8JOINTSTARS ジョイントスターズが実現しており現代戦に不可欠な存在である

*9:いうなればA-10FとTu-201はファイヤーフォックスを米ソで二つに割った感じ マッハ5での飛行能力はどちらにも無いけれど